「YU」から始まるファッション革命
- 「YU」から始まるファッション革命 [2008/6/20]

日本人ユニットが生み出す女性の強さ、美しさ引き出す服
5月2日にフィナーレを迎えた国内最大のファッション・イベント、オーストラリアン・ファッション・ウィーク。アジア太平洋の新しい才能をピック・アップする“New Generation”のカテゴリーで、先頭を切って登場し会場を沸かせたのは、2人の日本人によるブランドだった。小西湧と田坂今日子、「Label YU」が描き出す女性像は、オーストラリアのファッション界に何をもたらすのか。ショーを終えた2人に話を聞いた。
■未知なるオーストラリアに期待
日本人としては五十川明氏以来2組目のファッション・ウィーク参加となる「YU」。ブランド設立2年での偉業、ほかの“New Generation”とは一線を画す堂々たる風格をまとったコレクションは、どこから来たのか。
「専門学校の同級生です。12年以上の付き合いですね」(小西)。「たくさんいた友達の中でも小西とは同じ方向を見ているな、と」(田坂)。出会いからお互いに、“ビビっと来た”と話す2人。だが、卒業後の4年間はほとんど連絡を取ることなく、それぞれ小西は東京、田坂は神戸を拠点に服飾業界で会社員として働いていた。“ビビっと来た感じ”を具体化させる転機となったのが、田坂の東京転勤。東京コレクションで初めて一緒に仕事をしたことをきっかけに、2人でビジネスを立ち上げようという話が進むことになる。
ファッションといえば思い浮かぶのは、パリやミラノ、ニューヨークといったマーケットだが、なぜオーストラリアを舞台に選んだのだろう ?
小西が旅行で初来豪を遂げたのは約10年前。友人が五十川明氏の元でパタンナーを務めていたことから、スタジオを見学させてもらった。当時、世界でほとんど注目されることのなかったオーストラリア・アジアのファッション・シーンに、誰もが自由に表現できるファッション界の存在を感じたという。昔から海外に出て仕事をしたいという気持ちもあり、オーストラリアという国を自分の活動の場として具体的に意識し始めた。
一方の田坂は、オーストラリアに行ったことがなかった。ブランドを立ち上げようという話になった時に初めて訪れ、その雰囲気がとても気に入ったと言う。「パリなど、たくさんのモノがあり過ぎる中では、自分が呑まれてしまうんじゃないかというのがあって。だったら、これから伸びていくマーケット、可能性がいっぱいある国でやりたいと思ったんです」(田坂)。
多くの情報があふれ、ファッションも世界に引けを取らないレベルの東京では、“狭いカルチャーの中で盛り上がってしまいがち”だったと言う。グローバルに物事を見られるオーストラリアは、先を見ても元気があって魅力的な国。2人の意見が一致した。

■やるべきことをやって結果を出す――
歩き回って人に聞いたり、生地屋を探しにメルボルンまで足を伸ばしたり、何もかもが手探りで始まったシドニー生活。お互い机を並べて仕事をしながら一言も話さない日もあった。言葉の壁など、苦労といえばすべてが苦労の連続だったが、2人は「苦労と感じたことはない」と言い切る。
情報も人脈もない中で支えになったのは、8年間日本でやってきた実績と自信、そして信頼できるパートナーとしてのお互いの存在だ。だからこそ、お互いに厳しくなれたし、1つ何かが見えた時は、今までに経験したことがないほど大きな喜びがあった。さらに、2人が一番驚いたことは、良い物は良いとその物自体を評価してくれ、人から人へ橋渡しをしてくれる人たちの存在。厳しい意見を受けることもあったが、見えないチームができていく感覚を味わい、思い描いていたことに確実に近付いている手応えを感じていた。
■ジャパンの素晴らしさを再認識
服作りの流れは、コンセプトの立ち上げから。小西がシーズンごとのコンセプトを田坂に投げかけ、2人でディスカッションする中でイメージを固めていく。そこから日本の生地屋、工場などとやりとりをしながら進める。そう、YUが生み出す服は、100%メイド・イン・ジャパンだ。
「1回外に出てみると、やっぱり日本はすごい。2人とも会社員として働いている時から、これだけ素晴らしい技術を持っているのに工場が潰れていく現状…どれだけ安く、たくさん作ってたくさん売るか、という状態にクエスチョンがあって。やる以上は自分たちがやりたいものとぶれているものは出せないので、1つ1つの線に込める想いを読んでくれる工場の存在は作り手としては嬉しいですね」(田坂)。0.05ミリの妥協も許さない服作りには、それを支える確かな日本の技術がある。「工場と僕たちの関係は、同じ視点でクリエイトすること。お互いに信頼しているから同じゴールに向かってサポートしてくれる。そこに企業で勤めていた時とは違うやりがいがあります」(小西)。

■2人が生み出す「YU」の魅力
今回のファッション・ウィークで発表した09年春・夏のテーマは「Transform the Revolution」。60年代のキューバのフォトグラファーにインスピレーションを得て、革命の難しい情勢下で生きた女性の内に秘めた強さと美しさを表現しているという。また、オーストラリアのファッション・シーンに“革命”をもたらしたいという意味も込められている。
そんなYUの最大の魅力は、テーラリング(紳士服に多く見られるきっちりと構築されたパターンに基づいて作られた服、その技術)。カジュアルな傾向が強いオーストラリアのファッション・シーンでは、テーラリングがフォーカスされることはまだ少ない。キッチュで飾らないオーストラリアン・スタイルが今、日本をはじめ世界で注目を浴びる一方で、YUが持つ確かな技術に裏打ちされた独自のスタイルが新たな風を吹き込もうとしている。
“日本人のブランドだから”“オーストラリア人に受け入れられるようなものを”といったことを特に意識するわけではない。ただ、8年という年月で培われた丁寧な技術、きっちりとした仕事をするという強みを生かし、小西と田坂の2人だから生み出せるモノを送り出したいと言う。
最後に、お互いにとって相手の存在を聞いてみた。「良き仕事のパートナーであり、ベスト・フレンドであり…ライバルでもあります。1人でやっていたら、苦しい時に答えが1つしかなかったり、決断できなかったりするけれど、アドバイスし合えれば次のレベルに行ける。そして、1つ何かが成功した時には喜びが2倍になる。それが一番大きいですね」(小西)。「やっぱり絶対1人では作れないですから。時に弟であり、兄であり、父であり、ベスト・フレンドであり。ケンカして半日無言で仕事したこともありますが(笑)」(田坂)。
2人だから生み出せる1着の服。そこには、服作りに関わるすべてのことを楽しんでいる2人の“自分で服を選んで着ることを楽しんでほしい”という想いが込められている。商業ベースでの販売はもう少し先になるそうだが、確実に動き出した今、オーストラリアから世界へ向けて吹く新しい風になることは間違いない。
YUプロフィル デザイナー小西湧(こにしゆう)1976年生まれ、鹿児島県出身。パタンナー田坂今日子(たさかきょうこ)1975年生まれ、大阪府出身。ともに98年、ESMOD JAPON卒業。小西は(株)三陽商会、(株)ワールドでデザイナーとして、田坂は(株)ワールドでパタンナーとして8年間経験を積む。06年渡豪、「Label YU」を設立。Web: www.yu-couture.com























































