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![]() 人材派遣・紹介大手スタッフ・サービス(本社・東京都千代田区)の在豪現地法人、スタッフ・サービス・オーストラリアは90年代初頭の設立後、主力の人材から、留学、ビザへと、業務の多角化を進めてきた。現在はシドニー本社のほか各地方都市に拠点を拡大。オーストラリアで就職・留学・移住を目指す日本人を対象に、グループの国際的ネットワークによるスケール・メリットを生かしたサービスを提供している。緩詰正規社長に同社の戦略を聞いた
当初の業務は、グループのコア・ビジネスである人材派遣・紹介だったが、緩詰社長が赴任した97年に「オーストラリアの市場規模を考えると、経営資源を人材に特化して安定した収益を上げるというのは無理がある」と判断、業務の多角化を図る方針に転換した。最初に始めたのがビザ・コンサルティング業務。98年には留学部門もスタートさせた。 その結果、「各部門が相互にうまく絡み合って、相乗効果、補完効果を出すことができた」。こうした「サービスの連環」により、「現在に至るまで、人材・留学・ビザの3部門ともに順調に成長してきた」という。また、「3部門展開なら地方展開も採算に合う」と描いたシナリオに沿って、ケアンズ、ゴールドコースト、パースに相次いで拠点を設立、昨年はメルボルンにも進出し、国内5都市展開を果たした。 さらに、オーストラリア現法のイニシアチブで、日本に留学部門の子会社、スタッフ・サービス・エデュケーション・インターナショナル(SSEI)を設立し、日本の全国展開と、オーストラリア各都市とニュージーランドも含めた拠点網との相乗効果を狙った。グループの世界戦略の中で、SSEIを起点に日本市場でそれぞれの英語圏への留学サービスを提供できるようになり、欧州や中国、韓国、アジア諸国を含めた、より広範囲の世界展開も視野に入れている。
本社の国際戦略の中でのオーストラリアの位置付けは非常に重要で、それぞれの海外の拠点間での相互ビジネスが相乗効果を生むことができるのだという。緩詰社長はこう説明する。「クモの糸に例えると、本社と海外拠点を結ぶのはタテの糸。それに加えて、各海外拠点間にサービスのヨコ糸を何重にも張り巡らせていく。そこで初めて海外展開の真価が問われるのではないか」 長期的には「豪州国内展開だけでは市場性の限界に直面する」との危機感がある。「日本はもちろん、中国や韓国、アジアの市場との取引を拡大していかなければならない。オーストラリアを核にした海外マーケット網を急いで構築する必要がある」 今年はブリスベン、アデレードも視野に入れて拠点展開をさらに進める。ニュージーランドに新会社を設立し、オークランド、クライストチャーチへ進出する計画もある。「中国・韓国・東南アジアに留学・ビザのサービスを逆に売っていくような展開を図りたい。オーストラリアやニュージーランドのような小さな市場では、1年前と同じことをやっていても厳しい。アメーバのように、常に組織や業態を市場変化に合わせて自在に変えていかないと、長期的には生き残りは難しい」 また、人材、ビザ、留学の安定した3収益部門に加えて、「既存の事業にとらわれない発想で、さらに4本目、5本目の収益の柱を新規事業として広げていく必要がある」という。同社は、豪州企業の買収や業務提携も視野に入れた、オセアニアを起点とする一層のサービスの「多角化」、「総合化」、「国際化」の推進を、今後の運営基本方針として掲げる。 インタビューの最後に、同社の顧客層である、オーストラリアで就職・留学・移住を目指す日本人にも、メッセージを語ってくれた。 「日本人には農耕型民族の発想、アングロ・サクソンには狩猟型民族の発想がある。農耕型には緻密、マジメなどの利点もあるが、せっかくオーストラリアで生活するなり、働くなり、留学するのなら、狩猟型のやり方をアングロ・サクソンの人から学んでいく姿勢が必要ではないか。単に英語力を向上させるだけではなく、そうしたカルチャーを学ぶ姿勢が大切。いずれ日本に帰っても、そんな21世紀型の人材が必要とされる」 「比ゆ的に言うなら、2進法ではなく、10進法、20進法といった発想的にバリエーションの幅広いタイプが求められる。固定的なルーティン・ワークは、どんどんコンピュータに取られていく。どんな仕事を振られても平均以上の結果を残せる人材というのが、日本人には不足している。2進法のコンピュータにはできない、“企画・創造型”の仕事のやり方をここで学べれば、将来、人材市場でも自分を高く売ることができる。留学の成果としても、英語力以上に大切な財産になる。オーストラリアへの永住を目指すにしても、ビザを取ること自体は結果であって目的ではない。海外でも十分に通用する柔軟な発想を持った人材のみが、生き残ることができる」
緩詰
正規 社長1971年早稲田大法学部卒。米国留学後、米系外資石油化学業界を経て石油探鉱開発・備蓄などの石油関連国家プロジェクトに従事。85年に日興證券に途中入社、86年より日興オーストラリア駐在。89年より英系外資カウンティナッツウエスト証券入社、90年より同証券ロンドン本社出向。93年スタッフサービス入社、経営企画室GM、東京支社長、スタッフサービスインターナショナル取締役などを歴任。97年4月より現職 <緩詰社長に聞く10の質問> 〆賊Δ量叩「常在戦場」にあっての「一期一会」。 ∈F匹鵑任い詼棔「平成三十年」、「ローマ人の物語」など オーストラリアの好きなところ:多国籍文化が(相対的に)うまく融合しているフトコロの深さ こ阿ら見た日本の印象:日本ならではの文化、歴史、伝統の喪失で日本の顔が全く見えない スイな音楽:「歌は世につれ、世は歌につれ」ているような歌(音楽)であれば時代とジャンルを問わず β嵯匹垢訖諭Э誉犬虜能目標かくありたいという願望で司馬遼太郎 有名人を3人食事に招待するとしたら誰:当然女性で、ニコール・キッドマン、チェジュウ、黒木瞳 ┝駝またはスポーツ:サラリーマン近代五種競技に乗り送れて、昔も今もひたすら日本の武道追求 将来の夢:生涯に世界100カ国歴訪の旅(現時点で36カ国まで達成) カラオケの18番:石原裕次郎の「世界を駈ける恋」 |
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