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1858年(安政5年)に現在の滋賀県で伊藤忠兵衛が創業したビジネスに端を発する丸紅は、戦前からアジアを中心に海外へ展開。1921年の丸紅商店設立を経て、当初の繊維を中心とした商売から、建築材料や機械、雑貨、食品など事業を拡大し、現在の総合商社としての基礎を形成していった。 第2次世界大戦の混乱を経て、49年に丸紅株式会社としてスタート。51年に最初の海外事務所をニューヨークに設立したのを機に海外展開を加速、54年末までには国外22カ所に拠点を構えた。55年の高島屋飯田との合併を経て、オーストラリアにも50年代後半に駐在員事務所、60年8月には現地法人を設立。当時は、対日輸出が拡大していたオーストラリア産ウールの買い付けを主要な業務としていた。 その後、60年代から70年代にかけて、日本の高度経済成長を背景とした資源ブームに伴い、日本の鉄鋼メーカーを中心に需要が拡大し、同社も金属資源を中心とした資源の長期的な安定確保に力を入れた。このころ、WA州ダンピアでの塩田事業を開始、工業塩の生産を始めている。また、資源開発に関わる機械の貿易も拡大。同時に、食料分野の貿易も伸びていった。 80年代の好景気、そしてバブル崩壊後の10年を経て、中国を中心としたアジア経済の急成長を背景とした近年の資源ブームで、新たに成長が加速。現在では、「石炭、アルミニウム、鉄鉱石などの金属資源分野が事業の柱。次に大きいのが食料関係と植林事業(パルプ原料のウッドチップ)」(岡田社長)という。
1次産品以外の分野に注目
もちろん、現在、大きな利益を上げている事業の中心は、金属資源分野だが、新規ビジネスの開拓には、常にアンテナを張っている。例えば、もともと野菜ジュース原料の取引があった伊藤園。VIC州で緑茶の生産を始めた同社と組んで、去年4月、オーストラリア国内で伊藤園の緑茶飲料「おーいお茶」の販売を開始した。この商品は最近、カンタス航空の機内でも採用されており、日本食ブームに乗った販売拡大を目指す。 食品事業ではほかに、牛の飼育事業でも大きな成果を上げている。NSW州北部の牧場に100%出資、約3万頭の肉牛を飼育して主に日本向けに輸出。総合商社が直接、牛の飼育事業に携わるケースは非常に珍しいそうだ。同事業は、BSE問題で米国産牛肉の日本への輸出が止まっているため、強い追い風を受けている。将来的には飼育頭数を4〜5万頭のレベルまで増やしていく計画だ。 このほか、同業他社と比較して、同社が強みを発揮している分野としては、植林と塩田事業がある。「ウッドチップの原料から製品までの一貫したビジネスでは、おそらく当社がナンバー1だろう」と岡田社長。WA州やVIC州で植林されたユーカリの木がウッドチップに加工され、日本に輸出されるというビジネスだ。 また、WA州ではダンピア塩田など3カ所で生産される1,000万トン近い工業塩は、化成ソーダや塩素などの工業原料として輸出されている。「山の手線の内側ほど」という広大な塩田に、インド洋から取り入れた海水を取り入れて、約2年間かけて太陽で干して出来た塩を“収穫”していく、という壮大なスケールの事業である。 さらに、「数十年という単位で、長期的、安定的に収益が望めるというのが魅力」という発電事業への投資にも力を入れていく。現在、同社は独立電力事業者の免許を取得して、QLD州の石炭火力発電所やNSW州の天然ガス火力発電所の権益を有している。東海岸一帯で、この2カ所に続く発電所への投資を、早ければ年内にも実現させたいという。 こうした既存のビジネスをさらに推進しつつ、ニッチ市場の新規ビジネスにも触手を伸ばす。岡田社長は最後にこう語り、インタビューを締めくくった。 「WA州やパプアニューギニア近海などの海底に眠っている天然ガスや原油など、オーストラリアの資源エネルギーをさらに開拓していくことが最大の課題であり、私の夢でもある。今後、資源をめぐる競争が激しくなっていく中で、日本の資源確保の一翼を担っていきたい。食料についても同じことが言える。その一方で、オーストラリアというと1次産品の主要輸出国というイメージが強いが、意外にも、ヘルス・ケアやバイオなど付加価値の高い新規分野のビジネスも進んでいる。我々も新規ビジネス開発チームを作って研究している。既存の1次産品の取扱いに加えて、こうした新規事業の開発にも力を入れる。新しい芽を発掘して、少しずつ育てていきたいと思う。無から有を作るのが商社のビジネス。アイデアを元に人と金を使えば、どんなことでも商売になる可能性がある。商社は人が財産であり、その1人ひとりの能力の集積が、新たなビジネスを生み出していく」
<岡田社長に聞く10の質問> 〆賊Δ量叩А嵜誉幻涎院Г△擦襪福△こるな、いかるな、くさるな、おこたるな」(京都・仏野にある念仏寺で見つけた「銘」。最後の「おこたるな」が良い) ∈F匹鵑任い詼棔А憔石全集』と 金田武明著『55歳からエージ・シューターを目指そう』 オーストラリアの好きなところ:いつも・どこでも透明できれいな空と1年中過ごしやすい気候・風土。同時に、日本びいきで、生活マナーの比較的良いオージーたちとその気質 こ阿ら見た日本の印象:15年間英国・オーストラリアで暮らしてきた目から見ると、「日本社会および日本人全体に生活基軸・規範が欠如してきていることに従い、日常の生活マナーの欠如・悪さが目立つこと」(「おはよう・こんにちは」などの簡単な挨拶ができない・しないこと、他人の迷惑を配慮しないことなど) スイな音楽:1960〜70年代(小生の青春時代)の音楽(和・洋を問わず) β嵯匹垢訖諭А峅羂奮鯵Р羯奸廖あえて具体名を言えば、子供の時に躾に厳しく、背筋の真っ直ぐ通った明治生まれの祖母。 有名人を3人食事に誘うとしたら誰 ? :トニー・ジャクリン(英国人)。ピーター・トムソン(オーストラリア人)。ゲイリー・プレイヤー(南アフリカ人)の3人のプロ・ゴルファー。天賦の才に恵まれず、あるいは肉体的ハンデにもかかわらず、並外れた「努力」で、世界で一番過酷な全英オープン・ゴルフを制した3人。56歳からエージ・シューターになる秘訣を教えてもらいたい ! ┝駝またはスポーツ:昔:山歩き。今:ゴルフ。現在、シーカヤックに挑戦中。 将来の夢:60歳・還暦時に「お爺ちゃん杯」を作り、家族(家内・3人息子+連れ合い・孫+親戚・縁者)そろってゴルフ・コンペを開始すること。 カラオケの18番:なし。現在オーストラリア第二国歌ー「ワルチング・マチルダ」練習中。 |
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