書家れんのつきいち年中行事
- 第6回 更衣 [2008/10/07]
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第6回 更衣
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著者プロフィル
れん(書家)。アーティストとして永住権を取得。シドニー市内「東」「四季」「だるま」「霞」の各レストラン、「Yuga Floral Gallery」に作品を常設。Government Houseでの企画展参加をはじめ、日豪両国で個展・グループ展を多数開催。NSW州立美術館やChannel 10での大書パフォーマンスの経験も。「書団れん倶楽部」主宰。書道教室運営。renclub@digisurf.net.au
ご機嫌いかがですか、れんです。
寒いのが苦手な私としてはたいへんありがたいことに、ここのところ随分と気候が暖かくなって参りました。特に日中は上着もいらぬほどの陽気で、オフィスの窓から見えるハイド・パークでも、芝生の上で日なたぼっこをしながら寛ぐ人たちが増えたように思います。
それに今、いたる所で色とりどりの花々が我れ先にと競うように咲いています。そんな姿を目にすると、何だか心が軽くなって自然と表情も緩み、また笑顔になればおのずと身体の内からも元気が湧いてくる気がします。春の力は偉大だなあ、とつくづく感じる今日このごろです。
さて、今月の行事は『更衣』です。コロモガエ(=衣替え)と読みます。
平安時代、貴族たちが旧暦の4月と10月の朔日(1日のこと。朔とは新月。太陰暦では1日は月が見えない。逆は望=満月、十五夜)に日を決めて着物を替えたのが始まりとされています。この時、衣服だけでなく部屋の調度も替えるなどして、夏・冬支度が整えられました。
江戸時代には幕府の行事としても衣替えが実施され、先述の2日に5月5日(端午の節句)と9月9日(重陽の節句)の2日を加えた年4回の衣替えが行われていました。
明治時代になると、政府は6月1日と10月1日を夏冬の衣替えの目安として発表しました。そして今でも制服を着用している日本中のあらゆる学校や企業で、夏冬の制服を入れ替える日の目安として続いています。
最初は宮中の貴族の風習だったものが行事となって武家へと受け継がれ、庶民へと伝わって根付いたんですね。1年の季節の区切りが行事を生み、それが貴賎に関係なく同じ習慣として人々の生活に浸透して受け継がれてきた。そして、今でも皆が同じ日に同じように次の季節への準備をする。非常に日本的で、民族の歴史の奥の深さというか、文化の趣の深さを感じますね。
ところで「更衣」はコウイとも読み、平安時代の職名を表す言葉でもありました。更衣は皇后、中宮、女御に次ぐ位で、源氏物語に出てくる光源氏の母親、桐壺更衣がまさにそれです。この役職名と行事名を分けるために、後者を「衣替え」と表すようになりました(ここでは「衣替え」に統一してあります)。
少し話がずれますが、今年は源氏物語成立1,000年だそうで、この機会にと言ってはなんですが、日本の誇る最高古典文学であるこの物語の読破に挑戦してみるのも一興かと思います。源氏物語が成立した背景までも視野に入れ、歴史を紐解くつもりで取り組むと、一層興味がかきたてられるでしょう。物語の中に衣替えの部分も出てきますし。
では作品の方をご覧ください。分類が難しいですが、隷書の安定感を微かに残した行書とも言えますし、十分な行意を持った隷書とも言えるでしょうか。どちらの文字も左右への払いの画を含んでおり、それらを利用して思い切った動きを表現してみました。幸か不幸か、運筆の途中で筆が割れてしまったのも視覚に動きを訴えるのにひと役買っています。線が割れはしましたが、それでも質を落とすことなくしっかりと引いてありますから、作品に貧弱さは感じないと思います。
書は一発勝負であり、真剣勝負です。瞬時の判断の連続で、その誤りに対するやり直しが二度ときかない点に関しては、剣の仕合にも似ています。普段の稽古でより実践的な経験を重ね、どんな状況になっても慌てずに、落ち着いて対処できるようにしたいものですね。
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