日本経済新聞社シドニー支局長:野澤 康二
イラクでの復興支援に赴く日本の自衛隊が、現地入りを前に最後の準備を整えたり、物資輸送の拠点としているクウェートを2月から3月にかけて訪れた。自衛隊を中心にした取材を通じて知った自衛隊やイラク、クウェートの今を、見たまま聞いたまま感じたままに報告する。
<イラク入りする自衛隊員>
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| ■クウェートはイラク派遣自衛隊の中継基地 |
クウェート市内から砂漠の中を車で1時間半ほど走ったイラクとの国境地帯。周囲には湾岸戦争で破壊された建物や巨大なアンテナなどが散在し、戦車の侵入を防ぐ壕の手前では高さ4、5メートルほどの監視台の上から銃を構えた兵士が周囲を警戒する。
2月末、イラク南部サマワに駐留する陸上自衛隊の約130人が装甲車などに分乗して国境を越えた。車体に大きな日の丸を掲げた装甲車は、襲撃に備えて隊員が天井から頭を出して機関銃を構えながら移動し、数時間後に無事到着した。
陸海空の自衛隊は、昨年7月に成立したイラク人道復興支援特別措置法に基づいて派遣されている。中心は陸自の550人で、サマワ周辺で市民への給水や学校の補修などを行う。年明けから計5派に分かれてクウェート経由で現地入りし、本格的な活動を始める。空自はクウェートの空軍基地に200人が展開し、3機の輸送機でイラクへの輸送業務にあたる。海自は3月に輸送艦1隻が陸自車両などをクウェートに運んだ。
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| 国境へ向かう装輪装甲車 |
日本国内ではイラク派遣を巡って賛否両論が渦巻いており、現地に赴く隊員たちの気持ちもさまざまだ。「サマワで何が起こるのか分からず不安」と話す人がいる一方で、「家族に大丈夫かと言われたけど、本人は意外とのほほんとしている」という声が多いのには驚いた。中には「海外旅行が好きで、現地入りは楽しみ。旅行者が使うイラストが入ったアラビア語の会話帳も持ってきた」と観光客気分とも思える隊員の姿も。
湾岸戦争が終わった1991年、自衛隊海外派遣のはしりとなったペルシャ湾岸での掃海活動のためシンガポールに立ち寄った海自艦を訪れたとき、海自隊員たちが「日本の国際貢献を担う」という自負にあふれた表情をしていたのとは対照的だ。イラク国内での活動はペルシャ湾の掃海活動に比べて危険は高いはずだが、現実から目を背けているのか、それともこの10年あまりで自衛隊が海外活動に慣れてきたということなのだろうか。
クウェートを拠点にする空自は、緊張感がさらに低いように感じられた。日本政府は治安悪化を理由に米軍物資のバグダッド輸送を延期したため、空自機は主に人道支援物資を載せて南部へ飛んでいる。軍事物資を運ばない上、クウェートから車で数時間の場所へ物資を空輸するメリットは少なく、輸送機3機は仕事が少なく手持ちぶさたなのかもしれない。海自は既に一度きりの輸送艦派遣を終えており、それ以上深くかかわらない姿勢をとっている。
<潤うクウェート経済>
緊張感がないのは、クウェートの住民たちも変わらない。むしろイラク復興の後方支援拠点として経済が活況で、市内には高級車があふれ、ホテルや高層住宅の建設ラッシュが起きている。
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| クウェート・イラク国境の自衛隊員と車両 |
湾岸戦争以来閉じていたイラクとクウェートの国境は今、食料品や電化製品、軍事物資を満載したトラックでいっぱいだ。運輸最大手パブリック・ウエアハウジング社は、半年前の3倍を超える1日100台のトラックをイラクへ走らせており、今後もさらに台数を増やす。クウェートやトルコ、ヨルダンなど周辺国に駐留する米軍への燃料供給など、今後5年間で総額15億米ドル以上の米軍関連業務を受注し、2004年の売上高は一気に倍以上に膨らむ見込みだ。
このほかクウェートの携帯電話2社が、イラクでの事業許可を獲得して通信網の整備に乗り出し、クウェート・ナショナル銀行も営業を認められるなど、大手企業が連合国暫定当局関連の復興事業に次々と進出している。
イラク情勢の変化や世界的な低金利で、湾岸戦争以降国外に逃げた裕福なクウェート人の資金が戻ったことも、原油価格の上昇とともに好景気を支えている。イラク戦争前からクウェートを含めたペルシャ湾岸のアラブ諸国では経済が好調で、特にサダム・フセイン政権を倒すため米国が戦争を始めるとの観測が強まった昨年初めごろからクウェートへの資金環流が加速したようだ。主にクウェート国内の不動産投資に向かっており、2003年の不動産取引額は前年より25.5%増え、株価もほぼ右方上がりの上昇を続けてきた。
クウェートの投資家は、域内大国であるイラクへも熱い視線を注いでいる。投資会社グローバル・インベストメント・ハウスはイラク投資専門会社を設立、クウェート国内で2億米ドルを調達した。南部バスラの遊園地再生プロジェクトや金融、食品加工などへの投資を計画する。ほかの投資会社も同様の事業を進めており、クウェートがイラク関連ビジネスの金融拠点に成長する可能性も出てきた。
<イラク人の素顔>
「とにかく茶を飲んできな。カネ ? そんなのいいから、気にするなって。それよりおれたちの写真を撮ってくれよ」。クウェート国境付近で知り合ったイラク人たちと身ぶり手ぶりで話すと、こんな調子で茶をごちそうになった。甘ったるい茶をすする筆者の顔をみんなで「どうだ、うまいだろう」といった調子でのぞき込んでいる。
英語が堪能で出稼ぎ外国人に慣れたクウェート人たちに比べ、国境地帯のイラク人は純朴な雰囲気の人が多い。イラク南部はサダム・フセイン政権時代に開発から取り残された地域で、住民たちの身なりからも貧しいことが分かる。クウェートからイラクに向かうトラックには、ペプシコーラやセメントに混じって、事故であちこちがへこんだり、傷ついた中古車が積まれている。金持ちのクウェートでは事故車などほとんど売れないだろうが、イラクではまだまだ需要があるようだ。
現地では「冬と夏はあるが、春はない」と言うらしい。冬の砂漠には陽光の温かみを日没後も保つものが一切ないようで、2月までは砂漠の朝はキンとする冷たい空気が漂っていた。国境越えの隊員たちも白い息を吐きやや背中を丸めて、勢いを失ったようにみえた。しかし不思議なことに3月に入ると、昼間はあまりの陽の強さに外を10分と歩けなくなり、クウェートの町中は夜でもむっとした空気に包まれる。サマワでも真っ昼間は自衛隊員たちの活動が難しくなるほどだという。
そんな厳しい環境の中でも、人や動植物は黙々と生きている。砂漠の遊牧民ベドウィンは砂漠の中のわずかな草地を求めて、ヤギをつれてテント生活を送っている。荒涼とした砂山を越えて悠然と家畜を追う姿は、荒涼とした自然に溶け込み、人間の強さを改めて認識させる。ふと足元をみると、黒々とした甲虫が地面に作った巣穴から飛び出してきた。そんな生物のたくましさを感じながら、イラクの人たちが今の苦境を乗り越えて新たな国造りを順調に進めていけるよう祈って、砂漠の国を後にした。