日本経済新聞社シドニー支局:高佐 知宏
中国震源の株価急落
日豪の市場にも波及
安保宣言にも「異議」
政経両面への影響力示すも日豪の対中観には隔たりも
2月28日、オーストラリアと日本の株式市場は中国が震源地となった世界株安連鎖に巻き込まれた。3月14日には日本を訪問したハワード首相と安倍首相が安全保障に関する共同宣言に調印し、これに中国政府が異を唱えた。政治、経済の両面で日豪は否応なく中国を意識せざるを得ないものの、日豪の抱く中国との距離感には隔たりが感じられる。
2月27日の中国・上海株式市場での株価急落が発端となった初の「チャイナ・ショック」は欧州、米国を経た後、太平洋上の日付変更線を越えて豪州、日本にまで及んだ。
28日の豪証券取引所の代表的株価指数オール・オーディナリーズ(全銘柄株価指数)は、取引開始からわずか20分で前日終値から210ポイント超下落。終値も5,816.5と前日比161.1ポイント安と米同時多発テロ直後の2001年9月17日に145.4ポイント下げて以来の下げ幅となった。東京証券取引所第一部の時価総額はこの日1日で19兆円目減りした。
世界連鎖株安は3月5日まで1週間、地球を回り続けた。豪市場の終値は5日、5,642.4となり、2月26日に終値で6,021.9と初めて6,000を突破してからわずか1週間で379.5ポイント下落した。東京市場でもこの日、日経平均株価が1万7,000円を割り込んだ。
ただ、今回の「チャイナ・ショック」は「いつか来る」と覚悟していた日を迎えたと見た投資家による連鎖反応だったと見るべきだろう。市場に投じられた資金に「投機」の色合いが濃かったのであれば、なおのこと逃げ足も速かったに違いない。
中国の国内総生産(GDP)はこの4年間、2桁成長を続けており、06年には約320兆円と米、日、独に次ぐ世界第4位の規模となった。13億人を抱える巨大市場の将来性は疑いようもないが、その国の市場は一党支配に基づく統制経済を原則とする政府に管理されている。このこと自体に計り知れないリスクが潜んでいる。
市場の「歪み」が生んだ株安連鎖
中国が01年12月に加盟した世界貿易機関(WTO)の前身、「貿易と関税に関する一般協定(GATT)」に日本が正式加盟したのは1955年9月。それから18カ月後の57年3月、ローマに集まったフランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、イタリア、西ドイツ(当時)の首脳は、欧州経済共同体(EEC)を設立する条約に調印し、現在の欧州連合(EU)の母体を生み出した。「もはや戦後ではない」という言葉が踊ったのは56年の経済白書だ。
この時期、日欧の各国政府は一国の経済全体を支配する「管制高地(Commanding Heights)」を握ることで、第2次世界大戦の痛手から立ち直ろうとしていた。城山三郎著『官僚たちの夏』は、まさにこの時期の通商産業省が舞台だった。そして、世界経済もこうした国々が集えば統制しうる規模だった。日本のGATT加盟時の加盟国は欧米を中心に34カ国。当時の世界全体のモノの貿易額(輸出額)は約1,000億ドルだった。
これが中国が143番目の加盟国・地域としてWTOに入った2001年には6兆ドルを超え、05年には10兆ドル超となった。この半世紀で国際経済への参加国・地域は4倍以上に増え、投資・サービス分野を加えた世界の貿易額は100倍以上に膨らんだ。
情報とカネが瞬時に国境を超える時代に一国の経済は他国・地域の経済活動と有機的につながり、政府の手には負えなくなった。外国為替市場への日米の政府介入も聞かれなくなって久しい。それでも政府が国内経済や為替相場を管理・統制しようとすれば、そこには必ず歪みが生じる。市場の歪みは、投機筋から見れば大いなる機会と映る。
村上世彰被告率いる村上ファンドは、内部留保が厚く遊休資産が多い割には株価が低いまま放置されている「歪み」を突くことで一世を風靡した。阪神電気鉄道株の買い占めでは、阪神電鉄側の「無防備」を指摘する声が大勢だった。刑事責任を問われている案件は除くとしても、市場の歪みに巨額の資金を投じて巨利を得る行為そのものは、投機筋のあるべき姿だったともいえる。
いわんや世界有数の経済大国になった中国においておや。中国工商銀行、中国建設銀行といった大型銘柄でも株式の6割は国が握っている。いくら株を取得しても経営に参画するのはまず、不可能。司法機関も共産党の支配下にある中国では、コーポーレート・ガバナンスやコンプライアンスといった概念への認識も西側諸国とはおのずと違いが生じる。中国の株式市場が、欧米はもちろん日本から見ても歪んでいることは明らかだ。
それでも少子高齢化が進む中で運用成績が求められる先進国の年金ファンドや、資源・エネルギー価格の高騰で思わぬカネを手にした企業や政府は運用先を探して世界の市場をさ迷い歩く。2006年、世界の株式市場での売買代金は前年比3割増の70兆ドルに達し、中国・上海証券取引所の売買代金は3倍近くに膨らんだという。
リスク覚悟で乗り込んだのであれば、それが顕在化する兆候を察すれば即座に対応せねばならない。「チャイナ・ショック」はその顕著な事例となった。豪株価も下落幅は大きかったが下落率は6.3%に止まり、既に5,900台を回復した。史上初の「チャイナ・ショック」は大いなる調整局面だったとの見方が大勢を占めている。
日本は今後も最良の友人か
その2週間後の3月14日、ハワード豪首相は6度目となる日本を訪問し、安倍晋三首相との間で日豪の安保共同宣言に署名した。訪日前からハワード首相は再三にわたり、宣言が中国囲い込みを狙うものではないことを強調した。
翌15日、労働党の外交方針について講演したマックレランド影の外相は、安保共同宣言はおろか対日、対中政策にも触れずに講演を終えた。講演後、満席の会場からはインドネシアや南太平洋諸国への対応、そしてイラク、アフガニスタンなど米国の政策に対する考えを問うばかりで、日中に関する質問は一切出なかった。
痺れを切らし「労働党政権になったらアジア太平洋の最も親しい友人は日本から中国に切り替わるのでは ? 」と問うと満席の会場に笑い声が漏れた。「日本は最大の貿易相手国であり、いつまでも豪州にとって最良の友人だ」と答える影の外相の表情には、それまでの質問への回答では見られなかった笑みが浮かんだ。
これは「チャイナ・ショック」があろうとも、日豪が安保関係を強化しようとも、豪国民の視線は日中には届いていないことを示唆してはいないだろうか。
豪州はこの半世紀、日本を最大の輸出国とすることで自国の発展を支えてきた。今世紀に入り中国が豪州にとって最大の輸入国となった。豪州にとって中国は資源・エネルギーの輸出先であり、日常物資の輸入元であり、最近では鉱山権益への投資元でもある。豪州から見れば、日中ともに「カネの縁」を芯に編み上げた関係といえる。
それでも日豪の首脳はお互いに必ず民主主義、市場経済といった「共通の価値観」に言及し、アジア太平洋地域での強固なつながりを強調する。日本がこの地域の安定を得る上で、豪州はまたとない援軍となりうる。だが、日豪が共同歩調をとるためには、まずお互いの対中観、対アジア観の違いを認識することから始める必要があるのかもしれない。