オーストラリアのうつ病事情
- オーストラリアのうつ病事情 [2008/6/01]

現代病の1つとして世界中で患者数が増加し続けるうつ病。それ自体が直接死につながる病気ではないが、自殺者の6〜7割はうつ病が原因とも言われる。90年代に若年自殺者の増加が社会問題になったオーストラリアでの、うつ病の実態はどうなっているのだろうか。また、現在もうつ病と闘う日本人男性に胸中を語ってもらった。
(写真)ビヨンドブルーが2006年に発表したうつ病啓発キャンペーンのポスター
■うつ病とは ?
世界に約1億2,100人いるとされるうつ病に苦しむ人々。2020年には寿命を縮める2番目の疾患になると推定されている。その初期症状は、誰もが経験する“気分の落ち込み”や“疲れによる心身の不調”に当てはまるため、自他ともにうつ病を認めにくい。世界保健機構(WHO)によると、以下のような症状が少なくとも2週間以上続き、慢性的または周期的に自身の日常生活に支障をきたすようであればうつ病の可能性があるとされる。
*憂鬱な気分
*興味や喜びの消失
*自責の念、自分に価値がないように感じる
*眠れない、食欲がない
*やる気が出ない
*集中できない
「心の風邪」とも言われるうつ病は、放って置けば治る、気の持ちようといった意味ではなく、性別や年齢を問わずに、いつ誰にでも起こり得、自殺など死に至る可能性がある重大な疾患ということ。そのためほかの疾患と同様に、早期に発見し、専門の治療を受けることが必要とされる。
■うつ病の原因
では、なぜうつ病になるのか。その要因には大きく分けて3つあるとされている。1つ目は遺伝や人間の生体リズムといった生物学的要因、2つ目がストレスなど社会的要因、3つ目が経験などの心理的要因だ。だが、1つだけを原因としてうつ病になることは考えにくいとされている。
90年代に入り女性の社会進出が進み、それによる離婚率の上昇や親の再婚などで家庭環境の複雑化が進むなど、ストレスを受ける社会的・心理的要因が増加。多様化する世の中でさまざまな要因が絡み合ってうつ病患者が増加し続けていることが明らかになってきた。90年代にオーストラリアで若年層の自殺者が増加した要因には、貧富格差の拡大や、複雑な状況に置かれた若者たちによるドラッグやアルコール依存が、うつ病などの精神疾患を誘発させたと思われる。また、教育の質が競争志向に変化し、ストレスの多い学習環境へと変貌したことも原因の1つに挙げられよう。また、人間そのものがストレスに対する耐性が低くなってきたとも言われている。
■うつ病のタイプ
一般的なうつ病は先に述べた症状をともなうが、要因によって軽いものから重いものまでさまざまなものがある。いくつかのタイプを紹介する。
*季節的なうつ
人間は日照時間によって生体リズムのバランスが取れているため、冬の時季になるとうつの症状が出始め、特に眠気や過食といった症状が見られる。
*出産後のうつ
症状はほかのうつ病と同様だが、自分に母親としての資格がないのではないかといった自責の念にかられる。出産後の女性の約半数が子どもを産んだ直後の数日間経験すると言われる “マタニティー・ブルー” といううつ状態と混同されるが、その1割程度が産後のうつ病にかかるとされる。治療の開始が遅れてしまうことがある。
*子どものうつ
幼児や思春期の若者に見られる。友達関係や学校での問題が原因となり、すぐに泣いたり、興味の消失、悲観的なことを口にしたりといったことが特徴。
*高齢者のうつ
60歳以上のおよそ20%が何らかのうつ症状を持つと言われている。身体的な疾患と合併して起ったり、社会的な立場からの引退や自分と同年代の人を続けて亡くしたりした喪失体験をきっかけに起ったりする。特に西洋では複数の年代がともに暮らすことが少ないため、孤独感や喪失感を抱きやすいとされる。
*男性より女性
*別れ、離婚を経験した
*親近者に病歴を持つ人がいる
*早くに親を亡くした
*ストレスを感じる出来事があった、慢性的なストレスを受けている
*社会的な支えがない
*田舎より都会に住んでいる、核家族である
また、性格的な特徴としては真面目で責任感が強い人、自分に自信がない人、逆に自己愛が強い人が陥りやすいとされている。“心の病気”とされるうつ病だが、脳の神経伝達機能に異常をきたした状態が症状に現れるため、心理カウンセリングなどと並行して抗うつ剤での薬物治療が行われる。治る病気であることを患者自身が理解することが治療の第1歩と言われている。
■マルチカルチャル国家のうつ病
“明るくオープンな国民性”というイメージが強いオーストラリア人だが、過去10年の若年層の自殺率はほかの先進国と比べても突出しており、ピーク時の97年当時では、15〜24歳層男性の人口10万人当たりの自殺者数は約25人と、日本(約10人)の倍以上の水準を示し、大きな社会問題となっていた。
それを重く見た政府や団体による大々的なうつ病の啓発・自殺防止キャンペーン、家庭や学校、地域コミュニティーでの取り組みが進み、実際にこの10年で若年層のみならず、全体の死因でも97年の10位から2006年には15位までランクを下げるなど自殺数は減少した。これらの数字を見れば一定の成果をあげていると見ていいだろう。
また、06年1月WA州首相だった労働党のジェフ・ギャロップ氏(54歳=当時)が自身のうつ病を理由に首相の職を辞し政界から引退すると表明した。このニュースは広く世間一般にうつ病の存在を知らしめ、社会的影響を考えてもその決断と公表に医学界を中心に賞賛の声が上がった。
昨年の連邦選挙ではケビン・ラッド党首率いる労働党が、選挙公約の1つとして出産後のうつで苦しむ女性たちを救う予算として8,500万ドルを投じることをかかげ、勝利した。また、少子高齢化の波が押し寄せる中、高齢者たちの心のケアも重要視され始めている。政府が引き続き国・州を挙げて対策に取り組むのには、「多様な社会は多様な危険性を含んでいる」という、マルチカルチャル国家ならではのうつ病の可能性というものがあるためだ。
その要因はまず、先住民の問題。教育・生活水準が軒並み低く、先に述べたようなアルコールやドラッグへの依存度、自殺率が高い。
また、一般的には都市部で暮らす人の方がストレスを受けやすく自殺率が高いのに比べ、オーストラリアでは非都市部で自殺率が高い。ケア施設が近くになく十分なサポートが受けられないばかりか非都市部では、コミュニティーからの疎外感が潜在的に存在することや、満足な治療を受けられる経済状態にない人が多いということも見逃せない。心身の健康やうつ病に関する調査、情報提供を行っているNGO団体ビヨンドブルーによると、2006年の大規模な干ばつにより経営難を苦にした農民が4日に1人、自ら命を絶っているという報告もある。
さらに、国民の40%が自身や親の世代が海外国籍を持つという多言語国家だということ。文化的背景、言語が異なる状況での生活は、長期的なストレスを受ける大きな原因になり、うつになってしまった時に自らの言語で専門的な相談ができなければスパイラルに陥ってしまう可能性がある。また、英語が堪能な人でも高齢になると、突如として母国語帰りしてしまうといった例もある。
これに対してビヨンドブルーでは、06年からテレビやラジオ・コマーシャルを通じて、うつの症状を自覚したら早期に相談することなどを奨めているほか、うつのチェック・シートを25カ国語で配布(ウェブサイトからもダウンロードできる)するなど多言語で相談ができる環境作りを行っている。ウェブサイトではうつ病などに関する情報のほか、簡単なうつのチェック・テストも公開されている。ちなみに日本語では「妊娠中と育児初期のうつ病」に関しての情報が公開されている。以下に日本語で公開されているうつのチェック・テストの一部を紹介する。
・いつも疲れきっている、あるいは過度に活動的である
・眠る時間があるのに眠れない
・泣きじゃくったり、すぐに泣きたい気分になる
・気分が急激に変わる
・イライラしたり、騒音や触れられることに敏感である
・常に悪い方に考える
・現実を反映していないのに、自分は力不足だという気持ちになる
・不安やパニックに陥る
・集中できない
・以前より物事を忘れやすい
少なくとも2週間以上常に気分が沈んでいて上記のような状態が続く場合はうつ病の症状を示している可能性があり、診断と治療の必要があるとしている。
現在、国民の5人に1人がうつ病などの精神的な不調を経験すると言われるオーストラリア。できる限り早期に自覚し、周りに助けを求めてほしい。
■Beyondblue
Web: www.beyondblue.org.au
<参考資料>
オーストラリア統計局(Australia Bureau of Statistics)www.abs.gov.au
世界保健機構(World Health Organization)www.who.int
|
| うつ病患者は世界に推定1億2,100万人いるとされる (写真はイメージです) |
うつとの闘い 〜良いことがなくてもいいから、普通でいたい〜
日本在住でうつ病と闘っているAさん(27歳)。現在、快方に向かっている彼がうつ病の苦しさやどのように乗り越えようとしているのかを本紙に語ってくれた。
「僕の場合は、今から4年前にうつになりました。大学4年生の時に、大学生活の大部分を占めていたクラブ活動を終え、燃え尽きて意欲が無くなっているところ、ちょうど大学の留年が決まりました。事情があって親に頼ることもできなかったので、学費と生活費を稼ぐために仕事を始めたのですが、そこで人間関係が上手くいかずにストレスを受けてしまい、日々お金や将来の心配が募っていく一方で、自分のしたいことが見えなくなってしまって…。きっかけと言えば仕事での人間関係だったと思うのですが、決定的な出来事によってというより積もり積もったものが抱えきれなくなったという感じがします。
うつがどんな風につらいかというのは…普通じゃないというか、人によるでしょうが、言葉で言い表せるものではありません。まず、迷惑をかけるだろうなと思って、なかなか助けを求められない。自分がうつだろうと分かった時、家族なり理解者なりが絶対に必要で、理解してもらえなかったとしても、経済的に大丈夫ならまた違うのでしょうが、僕の場合は収入がなかったので…治したいと思っても生活ができないわけです。
薬を飲み始めても効き目が出始めるのに2週間〜1カ月はかかるし、その経過で薬が合わなかったらまた別の薬に代えて経過を見なくてはだめだから…。
うつの人を支援するような制度が整っているわけじゃないので、正直お金があるかないかは大きいと思います。治して今まで通り生活したいって思っても、お金が無くてどうしようもなくて死ぬしかないって状況に追い詰められる場合もあると思います。自分がそうでしたから。やはり金銭面での不安があると悪循環に陥ると思います。今は収入の額によって精神科の治療費・薬代の負担が減る「自立支援」という制度を利用して治療費を賄っています。
うつを乗り越えたい、という気持ちは、浮き沈みがあるので常にそう思えるわけじゃなく、正直今でもつらくて死んだ方が楽って思う時もあります。というか基本的に、楽に死ねたらいいなとか、生きる義務があるなら死ぬ権利だってあっていいじゃないかと思うんです。本当につらい時は、死ぬ勇気がない限り生きなければいけない“生き地獄”という感じ。重荷を背負ったままマラソンし続けるみたいで、かといって42.195キロ先にゴールがあるわけでもなく、ゴールがないのに走り続けなければいけない…希望より苦しさが勝ってる時はそんな感じです。
“自分だけ”が、とは思わないし、もっと苦しい人もいると思うけど、“なぜ”自分がこんな目に、例えば10円ハゲや胃潰瘍とかなら治りやすいし周りにも理解してもらえるのに、なんでよりによってうつ病という治りにくくて理解もされにくい病気に…って。『良いことばかりじゃ人生味気ない』なんて言う人もいますが、良いことばかりの方がどんなに楽か ! 良いことがなくてもいいから、せめて普通でいさせて!と。
ですが、「死にたい」とかマイナスにしか考えられなかったり、やらなきゃだめと思ってても行動できないのは、自分でそう思ってるんじゃなくて“うつがそう思わせる病気”って考えるのがいい。去年出会った看護師さんがそう言ってくれたのですが、この考え方はかなり自分にとって大きかったです。『あ、そういう病気だからしょうがないな』って思えて、自分を責める気持ちが軽減されてかなり気が楽になりました。
あとは、できていることに目を向けるようにしています。どうしても人と比較してしまって自分ができているたくさんのことに目が向いてないんですよね。『今日はこれができた、お疲れさん』って自分に言ってあげるのが、大切。今よりもっと状態が悪いころは、ちょっとイライラするようなことがあったら今までのつらかったことを全部思い出して、数日経たなければ消化できずに眠れなかったりというのが続いていたけど、今はその日のうちに消化できるようになってきて、客観的に自分と向き合うこともできています。
あと、希望が大事かな、と。治る希望も人生の希望も必要だと思うし、うつになりやすい性格の人は白黒極端に考えやすいと思うので、常に希望を持つということが大切だと思います。責任感が強すぎる人、自分のことは後回しにして他人に迷惑がかからないことを優先したり、自分がどうにかしなければって思う人はそれがストレスになってうつになることも多いようです。
社会復帰に向けて活動し始める時は、いろんなプレッシャーを感じたり“正社員”という言葉を見ただけでも気負って構えてしまったり、過去に上手くいかなかったトラウマもあって、自分には絶対無理って感じてなかなか前に進めないんです。でも、理想像になるために1歩1歩どうしていったらいいかを考えて、その1つ1つのプロセスのために自分のここが生かせるなとか、ここはこうした方がいいなとか考えて受け止めればハードルは低くなるかなと。それを今までは、階段を一気にかっとばして理想像にならなければと思っていたから無理ってなってましたね。
周りの人たちのつらさは、“理解する”ということがうつの場合、独特だからかと思います。支えてほしいけど何もせずに見守ってもらって、自分のペースでやれる時にやれること、したいことをしていくのが一番いいのですが、それが周りからしたらわがままにしか映らなかったり、逆にその人のために良かれと思った言動がうつ状態の人には伝わらないとか。かと言って放ったらかしておくと自殺しかねないし、食事も食べない。不安とイライラのジレンマのような感じでしょうか…。支える側もストレスが溜まって同じように病んだりするケースもあると聞きます。
僕の場合はそうならないように距離を置いているというか、親も治療のことは口を出さずに先生に任せてくれています。適度に受け止めてくれて適度に気負わないことを言ってくれる友達もいて、そういう人には話しやすいですね。うつになって得られたものは、人の痛みが前より分かるようになったかなというのと、支えてくれている人への感謝の気持ちです」
Aさんは現在、週に1回ほど通院する傍ら、福祉関係の資格取得に向けて勉強を続けている。


















































