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    日豪プレス インタビュー
     - 今こそ日本人のためのエイジド・ケアを  [2008/1/10]

インタビュー
「今こそ日本人のためのエイジド・ケアを」
イギリスでエイジド・ケアを実践した入江鈴子さんから永住者へのメッセージ

 今から約1カ月前、入江鈴子さんは末期ガンの宣告を受けた。入江さんはメルボルンに住んで4年ほどになる。日本で長年精神科の看護師として勤め、イギリス・ロンドンに移住後は日本人向けの下宿屋を営みつつ、駐在員を始め数多くの日本人在住者をメンタル面でサポートし、「ロンドンのおかあさん」と慕われてきた人だ。人生のほとんどを人々の心のケアに捧げてきた入江さんは、病床につき初めて自分が助けを受ける側になり、深く実感していることがある。彼女から、日本人コミュニティーへのメッセージをもらった。

(写真)ロンドンの自宅前で。近所に住む友人と

■ロンドンの日本人高齢者をケアして

「ロンドンにいたころ、ゆりさんという72歳のおばあちゃんに出会いました。病気で入院したけれど、体も心も弱ってしまっていて日本語しか話さなくなっていました。子どもは日本語が分からず、みな困っている。大使館に連絡が行き、そこから私に電話がかかってきました。彼女はイギリスに住んで30年以上だから英語はできるはずなのに、息子が『Mama, please speak English』と言うと、彼女は悲しそうな顔をして『私、英語しゃべってるじゃない』と言うのです。本人は英語を話しているつもりで、日本語を話しているんです。私は、そんなおばあちゃんたちをイギリスでたくさん助けてきました」と入江さんは話す。
 中国に、落葉帰根ということわざがある。老いた時、心は自然に自らの根本に戻る、という意味だ。長年海外に住み、異国社会に浸かり、何十年と英語を話し続けてきていても、やがて高齢になって心身が弱った時、人はどうしても20歳までに自分が育った世界、つまり「心のルーツ」に戻る。そんな時に、日本語で気がねなく昔流行した歌のことを話したり、茶碗と箸でご飯を食べ、味噌汁と納豆を食べることによって、どれほどまでに癒されることか。今、彼女自身が病床にあり、そのことを心底実感しているという。
 ロンドンで下宿を経営していた60代のころ、入江さんは日本大使館の要請で、日々ロンドン市内のあちこちの病院へと飛び回った。敗戦後、戦勝国として日本に駐屯していたイギリス人と結婚、渡英した日本人女性たちは当時70代後半から80代になっていた(編集部註:入江さんがケアを実施していた当時、ロンドンを中心とする在英日本人の年配者は戦後結婚により渡英した女性がほとんどで、男性の老人はごく少数しかいなかった)。そんな日本人のおばあちゃんたちを訪問、ケアを行った。約7年間続けた後「これはどうしても個人ではやっていけない。日本人コミュニティーとして、日本人のためのターミナル・ケア、エイジド・ケアのシステムを確立しなければ」と実感。ロンドンの大使館に働きかけ、入江さんが立て役者となり、「ターミナル・ケア」という1つの目標に向かって、それまで点在していた日本人グループや、精神医療を学ぶ留学生、介護士、臨床心理士など各方面の日本人を組織した。そして94年には、イギリスに住む日本人のためのエイジド・ケア・システムが確立。現在は永住者グループが中心となって活動しているという。

インタビュー
■メルボルンのコミュニティーを見つめる

 07年の1月に在メルボルン日本国総領事館が発表した州内在留邦人の総数は約1万人。うち、永住者はほぼ半数の約5,000人を占める。この数は01年に比べなんと5割増。中でも特に現地オーストラリア人と結婚し、この地で余生を過ごす日本人女性の数は今後ますます増える一方だ。また、メルボルン周辺でもイギリス同様、戦後オーストラリア人と結婚し来豪した世代が、高齢化を迎えている。入江さんは、ここメルボルンの日本人コミュニティーを洞察する。
「こちらで道を歩いていて、日本人とすれ違った時、会釈しても目を逸らす人が何人もいます。そういう人の気持ちは、分かる気がするんです。せっかくメルボルンまで来たんだから、日本人と付き合いたくない、という。だから、ここの日本人はみなバラバラですね。困っている同郷の人がいても、手を差しのべようという気持ちや、民族愛がないように見受けられます」。
 入江さんは80歳を過ぎて、ロンドンでの「ケア人生」に終止符を打ち、リタイアの意味で娘さんのいるメルボルンへやってきた。以来3年間、年齢もあってイギリスでのような具体的な活動はできないものの、メルボルンはどんな社会構成なのか、ここの日本人社会がどんな環境の中で存在しているのか、外側から見つめようとしたという。
 現地の老人クラブに入ったり、「ティーダンス」と呼ばれる老人を中心とした気軽なダンスのグループに参加し、そこで出会ったギリシャ人、イタリア人、中国人の友人を通して、あらゆるコミュニティーと関わった。そして分かったのは、イタリア系、ギリシャ系コミュニティーは非常に結束が固いということ。どちらもエイジド・ケアのシステムがしっかりしており、イタリア系に至っては、イタリア人のための老人ホームもある。
「日本人以外のコミュニティーは、海外に出たらお互い助け合うのが当然という精神がありますが、日本の人には、彼らに比べてそういった精神が少ないように思われます。駐在や留学ですぐに日本に帰る人はそれでもいいかもしれません。でも20年、30年とこの地に住んだら ? 特にこちらの人と結婚した場合、子どもの母国語は確実に英語になります。そうしたら、たとえ親の英語がどんなに上達しても、子どもとの深いコミュニケーションはどうしても疎遠になります。また、何十年もこちらの社会で過ごしてしまったというギャップのため、再び日本へ帰ることも難しくなります。体が元気で、忙しく飛び回っている時は、そんなことは思い付かないかもしれないけれど、誰もが、今の私のように老いるのです。視点を20年、30年先に置いて考えることのできる人が少ないように思います」。

(写真)メルボルンの老人クラブにて。写真中央、座っている女性が入江さん

■ケアの精神、しっかり手渡したい

 そんな折、偶然にも彼女の意志を受け継ごうとする人たちに出会った。2、3カ月前のことだ。10年以上にわたり日本語電話相談などの活動を続けてきた「ホープ・コネクション」、そして平和活動を行う「JfP(ジャパニーズ・フォー・ピース)」のメンバーだ。今、彼らは入江さんの自宅に日参し、入江さんの経験談や、エイジド・ケアに関する意見を聞いている。
「末期ガンにあり、もうすぐホスピスに入ろうとしている私にとって、彼らが訪ねてきてくれ、日本語で話す、それがどんなに私の心を癒してくれているか。メルボルンに住む日本人の永住者が、やがて年老いて心寂しくなった時、この今の私の幸福感をぜひ味わってほしい。メルボルンの日本人社会の中で、日本人のためのエイジド・ケアのシステムを作る時に来ているのではないかと思うのです」。
 週に1回でも、ボランティアの人に買い物や掃除を手伝ってもらい、日本食をともにしながら日本語でおしゃべりをして、ひと時を過ごす。それだけで、弱った心身が癒され休まる。その活動を長続きさせるためには、ガソリン代などの実費は払う。ただ、ビジネスにしてはいけない、と入江さんは言う。お金儲けの目的だけでは、いつか必ず崩壊する。エイジド・ケアに必要なのは、「自分も生きていればいつか老いる」という意識と、同胞への愛、そして「弱者を助けるのは人間として当たり前」という精神なのだ、と。
 入江さんがロンドンでずっと行ってきた、おばあちゃんたちへの心のケア。入江さんは話す。「それを、メルボルンの次の世代にしっかりと手渡して、そして逝きたいと思います。タイムリーなことに今、ホープ・コネクションの人々が、エイジド・ケアのシステム化に向かって具体的に動き始めておられる。その成功を心からお祈りしています」。


インタビュー
入江鈴子さんプロフィル

 1925年、富山県に生まれる。日本で20年余り精神科の看護師として勤めたのち、50代半ばで渡英。英語を学ぶかたわら、ロンドンの老人介護施設などでボランティアをする。その後日本人向けの下宿を経営し、個々の悩み相談にのるなどして、在英日本人の精神面でのケアで多大な貢献をした。新聞など各メディアに取材を受けること多数。2003年、リタイアしてメルボルン在住の娘を頼り来豪。メルボルン在住。

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