福島先生の教育指導塾
- こだわりを捨ててみる [2008/6/29]
福島先生の教育指導
こだわりを捨ててみる
教育専門家:福島 摂子
「両忘」という禅語があります。物事を2つに分けることを忘れましょう、という教えです。この世界は何事も、勝ちと負け、好きと嫌いなど、2つの相対するものに分けられると思いがちですが、本当はそんなにきっちりと分けられるものなどありません。にもかかわらず、私たちは、物事に白黒をつけたがります。自分や他者の価値を計る判断基準を作り、安心を得ようとするのです。しかし、例えば、善と悪を考えた時、人間1人とっても、良いところと悪いところ、どちらも持ち合わせているもので、善人、悪人と決めつけることはできません。むしろ、自分は美しいのか、醜いのか、頭がいいのか、悪いのかなど、分類して判断を下そうとするためにかえって不安になるとさえ言えます。
私たちは、幼いころから物事の善し悪しを教えられ、自分で判断できるようにと育てられてきました。しかし、判断することに明け暮れていると、自分の判断で勝手に悪を決めつけ、責めたり軽蔑したりするようになり、その対象が他者であれば非難し、自分であれば自己嫌悪に陥ります。さらに、判断する習慣から生まれるこだわりが強くなってくると、ものの見方ががちがちにこわばり、精神の自由を失ってしまいます。心の老化です。
歳を重ねると頑固になると言いますが、確かにそれは一方で、素直に学び、真面目に物事に取り組んで、その都度多くのことを判断しながら真剣に生きてきた証しと言うこともできましょう。しかし、自分の限られた経験の中で作ってきた根拠のない制約や固定観念を後生かたくなに守ることを頑固というなら、頑固でない方がいいに決まっています。頑固であることで、理解できないものを遠ざけたり非難したりすることもあるでしょうし、何より自由な発想が持てず、そこで成長がストップしてしまうからです。もちろん、若者は大いに年配者の知恵を尊重すべきですし、自由といっても倫理に反することをするようではいけませんが、年月を経てきた者は、経験から得たそれまでの判断にこだわらず、赤子のようなまなこで、物を見るようにしてみる必要がありそうです。
こだわりを信念と捉えることもできましょう。信念を持つことは人の成長に欠かせません。しかし、信念というのは、その時の自分が持つこだわりであって、また一段階成長した自分はさらなる高みにいるのですから、信念もまた然りのはず。それまでの信念によって成長できた自分を喜び、新たな自分を目指してこだわりを捨て、心を自由にすることで、驚くべき発展を見ることができるでしょう。
大阪府出身。22年間、教育に携わり、教育カウンセリング・海外帰国子女指導を主に手がける。1992年に来豪。シドニーに私塾『福島塾』を開き、社会に奉仕する創造的な人間を育てることを使命として、幼児から大学生までの指導を行う。2005年10月より拠点を日本へ移し、日々活動の幅を広げていく一方で、オーストラリア在住者に対する情報提供やカウンセリング指導も継続中である
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