前向きっ!ワーホリング
- 第3回 氏平良子さん(29歳) [2008/7/24]
前向きっ!ワーホリング
オーストラリアで頑張るワーキング・ホリデー・メーカーたちにインタビューを敢行し、ワーホリの魅力や生の姿を伝えるこのコーナー。第3回は、携帯電話販売代理店「エーブル・ネット」でWeb制作と接客業に勤しむ氏平良子さんに、「働く」視点から、自身の“ワーホリ半生”を語ってもらった。仕事を通じて、自分の“幅”が広がるのを実感しています。
第3回 氏平(うじひら)良子さん(29歳)
ワーホリ5カ月目
接客業・Webデザイナー
アメリカ英語が通じない!?
男女の性別によらず、三十路という言葉には、ある種のボーダー・ラインのようなものを感じる人が多いようだ。ならば、30歳が上限というワーキング・ホリデーを始めようとする人にはことさらだろう。「何か今までと違うことに挑戦したかったんです」と語る氏平さんも、その“ライン”を見つめた1人だった。
米・シアトルのカレッジ(日本の短大に相当)を卒業し、現地で貿易関連のNPOで働いていたという彼女。同NPOではWeb制作のアシスタントとして、また帰国後は、英会話学校講師の派遣業、物流システムのオペレーター、保険会社の一般事務など幅広い職種を経験してきた。「ワーキング・ホリデーは、派遣で働く生活の中で、ふと思い立ったんです。このままでいいのかな、30歳になるまでに、もっといろんな経験をしてもいいかなと」。目標は、趣味だったWebデザインを豪州で働きながら学ぶこと。ただ、確たる目標ではなく、「できればいいな。何かのきっかけになれば」というくらいのものだった。
それでも、初めて訪れる豪州に心は躍る。不安はなかったかと訊くと、「先の見えない不安はありましたけど、先が見えないというのは“眩しくて見えない”っていう感じだったんです」という答えが返ってきた。意気揚揚とオーストラリアの地に立った。だが、来豪早々、その眩しい光に眩まいを覚えた。
アメリカで培ったはずの英語が通じない…。
「米と豪の違いやブランクもあったとは思いますが、こちらの英語がホントに聞き取りづらくて、分からなかったんです。ショックでした」。
帰国後に良かったなと思えることが一番
思いがけず、英語学校に通うハメになった氏平さん。「これが結構、痛い出費でした」と、学校に通う傍ら、アルバイトと仕事を探す日々が続いた。「いろいろ求人に応募しましたが、なかなか採用まで届かず…」。まばゆい光がしぼむように、貯金も底が見えてきた。勉強のためにと、薄給ながらもWeb制作の仕事を得、その後、エーブル・ネットにたどり着いた。
「ようやく、落ち着いてWebの仕事に携わることができると思いました」。Web制作に本格的に携われるようになった氏平さん。ところが、同社のメイン業務は携帯電話の販売だ。これまで、内勤で事務系の仕事に従事してきた彼女。「人見知りするので…」と語るだけに、お客さんと対面し、携帯電話を勧める接客業には戸惑いがあったという。そんな彼女だが、接客業を“前向きっ!”にしてくれた、こんな感動のエピソードがある。
「ある日、終電がなくなって困っていたんです。シティから遠いところに引っ越したばかりで、とても心細くて、途方に暮れていたら、誰かが、私の目の前で携帯電話をかざすんですよ。先日、携帯電話を購入したお客さんだったんです、その人がナイト・ライド(深夜バス)のことを教えてくれたんです。私の家の方面行きが来るまで、何台も何台も、バスが来る度に運転手さんに行き先を聞いてくれて。しかも、その人の方面のバスはやり過ごしながら…」。
変則的だが、まさに“ケータイがつなぐコミュニケーション”だった。「こんなこと、初めての経験です。接客業は苦手だと思っていましたけど、さまざまなお客様と会えることで、今は、何か自分の幅が広がったような思いです。日本に帰国したら、接客業に就くのもいいかなと思えるようになりました」。
Web制作の仕事も順調。これからの目標はと訊くと、「今はまだ、具体的な目標は決められないです。でも、きっと帰国後に『豪州に行って良かったな』と思えることが一番だと思います」。
今の生活は仕事が中心という彼女だが、仕事の中だけでも思いも寄らないハプニングや出会いを経験できた。そういったハプニングや思い通りにならないこともワーホリの醍醐味であると痛感できた今、彼女はひと回り大きくなって、新たなボーダー・ラインを迎えそうだ。
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