
世界の“今”がここにある知的に楽しむシドニー生活
シドニー在住
大谷正矩・百江さんご夫妻
爽やかな海風が吹き抜けるシドニー・ハーバー沿いのマンションの一室、シティ中心部から程近いご自宅にニコニコと扉を開けて迎え入れてくれたのは、シドニー生活23年の大谷ご夫妻。1984年に商社の駐在員として赴任してきて以来、駐在員として約4年半を過ごし、90年に独立して個人事務所を立ち上げてからは駐在員生活よりもずっと長い月日をシドニーで過ごしてきた。
来豪当初は、小・中学生の子ども3人を連れて家族5人でシドニー・ライフをスタート。大変なことも多かったが、空の青さ、気候の良さ、そして人々の温かさに一気に虜になったと言う。正矩さんが駐在員として仕事がおもしろくなってきたころ、日本の本社から帰国命令があったが、子どもたちも英語環境に慣れ大学受験などを控えていたこともあり、ごく自然な流れで会社を辞めシドニーに引き続き住むことを決断したという。
現在は個人で日豪の企業間タイアップなどを中心にコンサルタント業を行っている正矩さん。今も月曜から金曜のウィーク・デーの日中は仕事に勤しむ。その分、仕事の後や週末は妻の百江さんと夫婦2人で、コンサートや食事会に出かけたり、フェリーに乗って近くのハーバーまで出かけることが多い。また、休日の楽しみとして欠かせないのが散歩。近辺の海岸沿いや、センテニアル・パークの外周を50分ほどかけて歩いて回るのだという。特にお気に入りというこの外周コースは、日ごとに変化する気候や都心とは思えない壮大な自然の姿が楽しく、毎週末歩いても飽きないという。健康にもよく、夫婦2人で過ごす貴重なストレス・フリーの時間となっている。
今や世界の大都市の1つに数えられるほど成長したシドニー。気に入っている理由を訪ねると、「世界でも数少ない多民族都市であり、多様な文化、食事、そして人々との交流を楽しめる。芸術、文化、音楽、外交、政治と世界的にも秀でた方々がみえ、その音楽、作品、話を直接聞き、鑑賞することができますから」。夫妻にとってシドニーは、文化・芸術活動、そして世界の国々との結びつきを身近に感じ、それを通じて祖国日本についても考える場所。また、都市部ながら素晴らしい自然にも恵まれ、それを肩肘張らずに近くで楽しむことができる理想的な環境だ。
自宅のバルコニーから見える世界遺産のオペラ・ハウスへは、フェリー乗り場やバス停、さらに電車の駅も徒歩圏内にあり、アクセスが非常に便利。公共交通機関が発達しており、気軽に出かけられるのも、この街の魅力の1つという。かつては車で行き来したところを、公共交通機関でシニア・パスを利用して出かける。渋滞に巻き込まれることもなく、駐車料金を気にすることもない。大谷さん夫妻ならではの地に足の着いた“快適な海外生活”が垣間見える。
日常生活でも社会的にも“フェア”であることを大切にするオーストラリアに魅了され、そして助けられてここまで来たという正矩さん。会社名や肩書きではなく、個人として付き合ってくれる日豪の多くの友人、仲間に恵まれたのもずっと暮らせている理由の1つだという。また、どこへ行くにも夫婦一緒、家族単位で行う友人付き合いも温かくて気に入っている。百江さんも「日本は服装1つとっても規格があるというか、10月になって半袖を着ていたら“どうしたの ? ”なんて言われちゃう(笑)。(それが良い悪いではなく)オーストラリアにいたらライフスタイルを自分で選べるところがいいですよね」と笑う。
また、「今までお世話になったオーストラリアのため、日豪関係に少しでも役に立つことをしたいね」(正矩さん)と語るように、社会貢献活動も積極的に行っている。特に、2006年の日豪交流年では、シドニーのロータリー・クラブの一員として、過去40年間に日本に派遣された留学生の同窓会「豪州ロータリー交換留学生の会」の結成を実現。また昨年は、在シドニー日本国総領事館、国際交流基金そしてNSW豪日協会の協力により、オーストラリアで日本文学の研究や発展に貢献した人を表彰する「井上靖賞」の立ち上げに尽力した。ビジネスだけでなく文化面などでも日豪関係の発展に寄与する。
最後に、今一番の楽しみは何ですか ? と尋ねると、「毎日が楽しみ」と返してくれた。「いろいろな国からたくさんの人たちが集まっているので、その人たちの話を聞くと日本がどんな風に見られているかというのも分かる。とても勉強になりますよ。シドニーにいれば世界の情勢が分かると言っても言いすぎじゃない」。知的好奇心を満たすシドニー・ライフは、大谷さん夫妻にぴったりのようだ。

人との出会いが私の原動力もっと違う自分探しへ
シドニー在住
永田朝子さん (日本ペン・クラブ会員)
「商社マンの妻になって夫の海外赴任に同行する」。中学生のころ、TVでしか見ることのできない美しい外国の風景に魅了され、いつごろからかそんな夢を抱いていた。
憧れは現実となり、夫の海外赴任に伴いマニラで5年間を過ごした。このマニラでの海外生活が、朝子さんの自信へとつながり、本格的に海外移住への階段を踏み出す。帰国後、35歳から大手生命保険会社のセールス・レディとして20年間勤務。研修旅行を含め、公私ともに55カ国以上もの国を訪問してきた。どこに住もうか、自分に合う場所はいったいどこなのかと探し求めていた。
知人を訪ね、初めてオーストラリアに来た際に、そのなんとも言えない心地良さに一瞬にして心を奪われたという。「シドニーは本当に素晴らしい所です。レンガ色に連なる街並み、アップダウンがどこまでも続く郊外の景色、蒼々とした海の色、どれをとってもNo.1でした。初めから住むことを目標にしていたので、1人でも大丈夫、ここでなら暮らしていけると確信したんです」
そして、2000年、退職者ビザの申請条件をクリアするなどすべての面でタイミングが合い、シドニーでの生活を始めた。現在住んでいるマンションは、シドニー効外チャッツウッド駅の目の前。下はホテルとなっており、オープン・テラスからは素晴らしい景色が一望できる。普段は、階下のプールに行ってひと泳ぎしたり、地元の友達と一緒にブッシュ・ウオーキングを楽しんでいる。多くの人がライフスタイルに重点を置くこの国ならではの雰囲気の中で、自分自身も心を開放して生活を満喫している。
そんな朝子さんの原動力は、人と出会うこと。その明るい人柄で、多くの人脈を持ち、多方面に渡って活動している。以前には、知人で直木賞作家の藤本義一さんの講演会や藤本さんの夫人である統紀子さんの「トーク&シャンソンの集い」を開催。また、現地での出来事や人々との出会い、海外暮らしの素晴らしさやアドバイスなどを多くの人に伝えるため、数々のセミナーなどで講演を行っている。さらには、シドニーでの生活を始めるまでの体験記「あこがれ発シドニー行き」、南極大陸で迎えた還暦を綴った「朝子 in Sydney」と本も出版している。
「人生に大切なのは、自分が何をしたいか、何を求めているのかを知ること。そして考えすぎては行動できません。限られた人生を楽しむためには、まず、やりたいことの優先順位を決め、バランスを上手く取りながら1つ1つ実行することですね。私はいつも次に何をしようか目標を探しています。思い切って最初の1歩を踏みだせば、そこには刺激的な世界が開けてくると信じています」。
多民族、多言語が入り混じり、さまざまな文化が溶け合うシドニーは、朝子さんにとって多くの刺激を見つけられる大切な街。現在はこの街を拠点に、世界の街で暮らしてみたいと、クアラルンプールやバンクーバー、シアトルなど各国への取材旅行も積極的に行っている。今後は、世界中で活躍する友人たちを自身のホームページ(www.asakoinsydney.com.au)で紹介したり、新たな海外旅行も考案中。“私は「自分の人生」のデザイナー”をテーマに、常にポジティブに、新しい自分を探して進み続けている。

シドニーと日本を往復する国境なき贅沢な余暇
シドニー在住
岡本軍八さん
「また1カ月、シドニーに行きますが、今回は友人を数人連れて行きます。パーティーを開きますからぜひ来てください」と岡本さんからのメールが突然入った。岡本さんは日本とシドニーを往復する生活を始めて7年になる生粋の親豪者。観光ビザを有効に使い、仕事の合間を利用して日豪間を行き来している。パーティーは、宿泊先のワールド・スクエア・タワー64階で開催された。夕刻5時から深夜1時までという盛り上がりぶりで、「岡本さんだからできるんだよね」と、パーティーを楽しむシドニー在住の友人は、岡本さんのそつのないホスト役に口をそろえる。
日本からの友人たちが楽しい思い出を抱いてシドニーを後にすると、岡本さんはシドニーの住居である高級住宅地、モスマンでの生活に戻る。日本と豪州で2元生活を送る岡本さんのもう1つの住まいだ。バルモラル・ビーチや遠くにマンリーを眺める素晴らしい景色のユニットでリゾート気分に浸るのだという。
2000年にリタイヤするまでは不動産開発会社を経営していた岡本さん。しかし、1999年にストレスで心臓病を患い、本格的にリタイヤをする決意をした。兄が経営する会社の関係で甥が在豪中であったことがきっかけで、シドニーに住むことを決意。01年2月が初来豪だった。「青い空、青い海、きれいな空気のシドニーに惹かれ、精神的にのんびりとしたかったんです」。
以来、1年の3分の2をシドニーで、残りを東京で過ごす生活を4年間続けた。「ストレス・フリーで退屈するくらいの生活がちょうどいい」と思っていた時期だったそうだ。しかし、チャレンジ精神が再び沸き起こり、05年に東京で不動産コンサルタント会社を設立した。そのため、この3年間はシドニーと東京にいる期間が逆転した。それでも年に3回、計3カ月間はシドニーで暮らしている。「友達や知り合いもできたから、シドニーでの生活も楽しくなった。特にシドニーでは男女、年齢にかかわらずお付き合いできるのがとってもいい」そうだ。「日本だと肩書き、役職、男女、世代とかでお付き合いが絞られる。シドニーは横の人間関係。一個人として付き合えるから、若い人たちとの知り合いも増えて、自分を若返らせてもらっているようでたいへんありがたい」と岡本さんは語る。
シドニーへ来れば、友人たちと食事に出かけたり、パーティーを開いたり、招かれたり、ベランダで心地良いそよ風にあたりながら読書に耽る。また、日本の四季や食が恋しくなったら日本へ帰る。まさに、シドニーと日本の“いいとこどり”を経験している。そんな岡本さんは一時期はオージーの先生に特訓を受けて英語の学校にも意欲的に通ったが、「会話をあまりしなくてもすむ、ゴルフのコンペでオージーたちともプレーできるようになりました(笑)」とあっけらかんとした性格だ。「オーストラリアでの暮らしは、メールができて、英語が少しできて、友達作りを努力すれば、きっといい生活ができると思うよ」と、将来、オーストラリアで暮してみたい人へのアドバイスを語ってくれた。

















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