政界こぼれ話
- ブロンウィン・ビショップ下院議員 [2007/12/24]
政界こぼれ話人物編 その87
ブロンウィン・ビショップ下院議員
ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本 直樹
自由党のブロンウィン・ビショップ下院議員は、1942年10月19日にシドニーで誕生している(65歳)。 母親は有名なオペラ歌手であった。 大学の法学部は卒業していないが、事務弁護士の資格を取得し、政界入りする前には弁護士、会社役員として活躍。同時に自由党の党活動も熱心に行い、85年にはNSW州自由党支部議長に就任している。女性で豪州最大州のNSWの議長となったのは、ビショップが初めてのことであった。 政界入りは87年の両院解散選挙の時で、この時は上院選挙に出馬して初当選を果たし、約7年間にわたり上院議員を続けた。その後ビショップは、94年3月にNSW州マッケラー選挙区で実施された補欠選挙に当選し、下院への鞍替えに成功している。
96年にハワード保守政権が誕生した後は、国防産業・科学・人員大臣や老齢者大臣を歴任。ところが2001年選挙直後の組閣では、老人看護所スキャンダルへの稚拙な対応ぶりが仇となって、閣僚から更迭され、その後は一貫して陣笠議員に留まっていた。ただ、先日公表された野党の影の組閣では、影の退役軍人相として久しぶりにフロント・ベンチへと返り咲いている。 さてビショップといえば、その古風かつ派手な髪型で有名だが、小柄で、かなりの高齢でもあるし、またテレビ・カメラの前では常に笑顔を絶やさないことから、一見すると慎ましやかな淑女といった印象を受ける。ところがビショップは、党内でも最強硬派に分類されるコチコチの保守で、歯に衣着せぬ言動、舌鋒の鋭さや攻撃性でも有名な政治家である。 例えばビショップの名前が一躍世間に知れ渡ったのも、93年の上院委員会公聴会で、庶民にとっては「憎き敵」である国税庁のヘッドを執拗に吊し上げたためであった。この一件のおかげと、当時のヒューソン自由党党首の不甲斐なさもあって、93年末から94年初めにかけてのビショップは、次期党首の最右翼とメディアに持て囃されるほどであった。 ところが党首挑戦を視野に入れて出馬した下院補欠選挙では、当選こそ果たしたものの、予想を大きく下回る得票率に終わっている。それを契機に、正に潮が引くかのようにメディアもビショップを見捨て、党首挑戦の話など雲散霧消したという経緯がある。 離婚した夫との間に2人の娘がいるが、そのうちの1人は、「ネットワーク10」の芸能リポーターのアンジェラである。母親の血か、趣味は歌や踊りとされる。
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