政界こぼれ話
- 政界こぼれ話人物編 その94 [2008/8/24]
|
ニコラ・ロクソン
保険・高齢化担当大臣
ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本 直樹
労働党のニコラ・ロクソン保健・高齢化担当大臣は1967年の4月1日、すなわちエイプリル・フールの日にシドニーで誕生している(41歳)。ユダヤ系の父親はポーランドからの移民であったが、ロクソンが10歳の時に逝去。その後ロクソンと2人の姉妹は、母親の手によって育て上げられている。 大学は名門メルボルン大学で、しかも同大学法学部を優等で卒業。卒業後の92年には、成績優秀な法学部卒業生の憧れの職、あるいはキャリア・パスでもある判事の助手/補佐に就任している。しかも2年間にわたり仕えた相手は、初の女性最高裁判所判事となったゴードロンである。
激務ではあるものの、法曹界の若者にとっては羨望の的でもある華麗な最高裁判事助手の生活を経て、ロクソンが次に入った世界は、海千山千の荒くれ者たちが集まる労働運動であった。
ロクソンは全国労働者組合のオーガナイザーとして2年間活躍。そして今度は労使問題専門の弁護士として、大手法律事務所に同じく2年間勤務している。
政界入りを果たしたのは、野党労働党が大善戦した98年の選挙で、同選挙にメルボルン西部のゲリブランド下院選挙区より出馬して、見事初当選。ロクソンは1年生議員の時から、議会委員会での積極活動、巧みな弁舌により注目され、2001年選挙の直後、すなわち2年生議員の初めには、党首に就任したばかりのクリーンによって児童・若年層問題担当の影の閣僚に抜擢されている。
その当時からロクソンは、ギラード副首相やプリバセック住宅兼女性の地位担当相などと並んで、将来有望な女性若手政治家の1人に数え上げられてきた。その後も移民や法務のポートフォーリオを担当し、06年12月にラッドが党首となった直後には、重要な影の保健相に就任。そして昨年12月の第1次労働党政権の組閣では、そのまま閣内の保健大臣に任命されている。
思想、信条だが、ロクソンは労働党の右派に所属する。したがって経済分野では市場原理の信奉者だが、ただ社会政策分野、とりわけ女性の地位向上、男女性差別といった問題では、党内左派ばりの強硬な意見を吐く。
人柄だが、明るく話題も豊富で、しかも気配りにも秀でているが、必要であれば相当にタフにもなれる。気晴らしはバスケット・ボールで汗を流すことや、オージー・ルールのウエスタン・ブルドッグ・チームの応援などである。
|
その他の注目記事: |


























