ふらっと豪の旅
- トップ・エンド特集1 北部観光の拠点 [2008/8/04]
第1回
最果ての地に栄える
多国籍な街、ダーウィン
北部準州(NT)の州都、ダーウィンは、カカドゥ国立公園などトップ・エンド(NT最北部)観光の拠点。人口約11万人の小都市だが、隣国のインドネシアはティモール海を隔ててすぐ。多国籍な文化が特徴的なアジアへの玄関口として栄えている。
(写真)ダーウィン周辺に生息する塩水ワニ
(Photos: Tourism NT, Wikipedia Commons)

行くならベスト・シーズンの今
ダーウィンは、気候は雨季と乾季がはっきりした典型的な熱帯気候帯にある。乾季の5〜9月で、最低気温19度、最高気温30度程度と最も過ごしやすい。12〜3月の雨季は湿気が多く非常に蒸し暑い上、雨が多く、激しい雷雨や日本の台風に相当する熱帯低気圧のサイクロンが多発する。快適な旅行を楽しむには、これから春までの時期がベスト・シーズンだ。
(写真)アジアへの玄関口、ダーウィン空港

オーストラリアの主要都市の中ではアジアに最も近く、先住民人口も多い。このため、東洋と西洋、アボリジニの文化が混じり合ったコスモポリタンな雰囲気が最大の特徴となっている。街の商店街や露天市を散策すると、様々な民族の食や文化を体験することができる。
(写真)カレン・ベイのマリーナ

空爆と天災で壊滅した北の都
史料によると、1839年に英軍艦ビーグル号が港に適した入り江を発見し、進化論で知られる英自然学者チャールズ・ダーウィンにちなんで「ポート・ダーウィン」(ダーウィン港)と名付けた。
(写真)波静かな天然の良港であるダーウィン港

街はこれまで2度にわたって壊滅的な破壊を経験した。
一度目は第2次世界大戦中の旧日本軍による空襲である。キャンベラの豪州戦争記念館によると、ダーウィン港は1942年2月19日、日本海軍の攻撃機188機と爆撃機54機による攻撃を受け、少なくとも243人の死者と300〜400人の負傷者を出した。この1日で豪州軍はダーウィン港の航空機20機と艦船8隻を失い、市内の軍基地と民間施設のほとんどが壊滅した。
(写真)市内にある戦没者墓地の慰霊碑

その後もオーストラリア北部への日本軍の空爆は続き、43年11月までにダーウィンは64回にわたって爆撃を受けた。このほか、タウンズビルやキャサリン、ウィンダム、ダービー、ブルーム、ポート・ヘッドランドなどNT、WA州、QLD州などオーストラリア北部の主要拠点が爆撃を受けている。
(写真)2度にわたる危機から復興して、現在は発展を続けるダーウィンの街並み

また、1974年12月25日には、サイクロン「トレーシー」が猛威をふるい、71人の死者を出した。暴風雨により市街地の70%以上が全壊し、当時の人口の半数以上に当たる約3万人が非難した。
(写真)ダーウィン港から望む市内の風景

カカドゥ、キャサリン観光の拠点
2度にわたる破滅の危機を乗り越えた現在のダーウィンは、資源ブームの追い風も受け、経済発展が著しいアジアへの玄関口として栄えている。2003年には待望の大陸縦断鉄道が開通し、アデレードとダーウィンが1本の線路で結ばれた。
(写真)アデレードとダーウィンを結ぶ大陸横断列車「ザ・ガン」

カカドゥ国立公園やリッチフィールド国立公園、キャサリン渓谷などトップ・エンドの人気観光地への出発点として利用されることが多いが、日本人としては前述の第二次世界大戦の史跡もぜひ見ておきたい。また、市内ミンディル・ビーチで乾季の毎週木曜日と日曜日に開催されるサンセット・マーケットなどの露天市、先住民の芸術品などを展示するNT美術・博物館、美しいビーチなど見所は多い。
(写真)ダーウィン・フェスティバルの様子

ただ、ビーチや周辺の海域には塩水ワニが生息しているほか、10〜5月には刺されると死に至ることもある猛毒クラゲ「ボックス・ジェリーフィッシュ」が現れるので注意が必要だ。
次週以降は、ダーウィンへのアクセスや宿泊施設、カカドゥ、キャサリン渓谷など周辺のデスティネーションについて詳しく紹介する。
Link
▼北部準州(NT)観光局
en.travelnt.com
(写真)ミンディル・ビーチ・サンセット・マーケット
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