2002年11月19日、ゴールドコーストにある名門リゾート・クラブ「ロイヤル・パインズ・リゾート」に現れたグラン・ハケット。彼がここを訪れた理由は、同クラブで行われたテニスの祭典「アンクル・トビー・ハードコート」の記者発表にゲストとして出席することだった。ゴールド・メダリストであり世界記録保持者である彼は、アンクル・トビー社のテレビCMでもおなじみで、今や全豪スポーツ界のスターとして不動の地位を確立している。今回は、多忙なスケジュールの中で行われたインタビューから、彼の素顔に迫ってみる。
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| ジアン・ルーニーらとテニスを楽しむハケット。テニスではジアンに完敗!? |
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| 同じQLD州出身のジアン・ルーニー(右)、プロ・テニス・プレーヤーニコール・プラット(中央)と |
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| テニスに汗を流したハケットがラケットを持ってニコリ。とてもエンジョイできたと感想を。 |
身長197センチ、体重87キロ――。グラン・ハケットの背の高さは、世界の水泳選手の中でもおそらくトップ・レベルであろう。背が高いことでも有名なイアン・ソープよりも、さらに5センチも高いことになる。さらに、彼のスリムな体格が、より背の高さを強調させている。初めて「Grant Hackett」の名前がテレビで踊った時は、GrantをGiant(大男)と見間違えた記憶があるほどだ。初めて間近で見る彼の手は巨大で、カッパのような“水かき”が指の間に付いていた。
「体が大きいことは水泳競技において、大きなプラスになるんだ。手もね、大きいとターンの時にとても有利に働くんだよ」
ハケットはその恵まれた体格を生かし、早くからトップ・スイマーの道を歩いていた。
97年、「SCワールド・チャンピオンシップ(以下SC)」の1,500メートル自由形で彗星のようにデビューし、その後は破竹の勢いでメダル・ハンターと化す。同年、初来日となる「パンパシフィック水泳選手権大会福岡」で400メートル自由形、800メートル同、1,500メートル同の3冠に輝く。しかしながら、この“パンパシ”で一躍スターダムに踊り出たのは、この大会が国際デビューとなった同朋のイアン・ソープだった。
その後、99年には「SC」400メートル自由形で世界記録を更新、2000年、母国開催となったシドニー五輪では、水泳王国アメリカを次々と撃破し、その名をオーストラリアにもたらした貢献者のひとりとなった。そして、2001年には、400メートル自由形、800メートル同、1,500メートル同という彼が得意とする種目で、当時の世界記録を更新するなど、その非凡さをまざまざと見せつけることになる。特に、同年8月に行われた「パンパシフィック水泳選手権大会福岡」で、キーレン・パーキンス(オーストラリア)が7年間守り続けていた1,500メートル自由形の世界記録を7秒01も短縮した(記録は14分10秒10)ことは特筆物である。
そして、昨年、横浜で行われた“パンパシ”で団体競技を含め4冠に輝く。
「パンパシのことは鮮明に覚えているよ。(個人的にも)800メートル(自由形)と1,500メートル(同)で金メダルを取れたしね。また、日本に行って競技に参加したいし、日本のファンとも会いたいな。日本は水泳というスポーツに関して大きな可能性を持っている国だと思うよ。ファンはファンタスティックだったし、いい成績を残せたし、素晴らしい経験を日本でできたと思っているよ」と言った時に浮かべた彼の笑顔は、素朴な22歳の青年の笑顔だった――。
11月19日、「アンクル・トビー・ハードコート」の記者会見にゲストとして出席したハケット。赤と白のポロシャツに短パン(アンクル・トビー社が用意したもの)といういでたちで現れた彼の目は、競技後に見せるそれと同じで、子供のように輝いていて、根っからのスポーツ好きを感じさせた。思い出せば、テレビや雑誌で見る彼は、笑顔のシーンが非常に多いことに気付かされる。
「僕は全然テニスができないけど、水泳とは違った楽しみがあって、とても楽しいね。それに、モーター・スポーツも大好きだよ、F1とかね。母はテニスのファンで、父はゴルフが大好きなんだ。日本ではみんなゴルフに熱中しているよね、僕もゴルフは大好きだよ」
スポーツを愛するところなどはオーストラリア人らしく、両親もスポーツ愛好家。そういったバックグラウンドも手伝って、彼をスポーツ選手へと育てたに違いない。2000年のシドニー五輪で4冠に輝いた時は、さぞかし両親も喜んだだろう。そして、母国での活躍が彼をスターの座へと押し上げた。
「シドニー五輪で金メダルを取ってから、(生活は)かなり変化したよ。たくさんの褒美や報酬をもらったしね。それに、みんなが、いつも僕が勝つように期待するようになったね。でも、それはポジティブなプレッシャーだと言えるんだ。プレッシャーには違いないけど、僕が得意とする分野で、いい結果を出すようにと期待してくれていることだから」と彼はあっけらかんと話した。それは“プレッシャーをも楽しむ”という、スポーツを楽しんでいる彼だからこそできる発言なのだろう。
「大きな大会の前になると、僕は友達とジョークを言い合ったりしてリラックスするんだ。笑うことはリラックスの秘訣だと思うから。競技の前になると、水泳だけに集中する選手もいるけど、僕はバカな話をしているね(笑)。そうやって、緊張を解きほぐしているんだ」
ハケットはそう言って笑った。最後に読者にメッセージをと聞くと、これまた彼らしい答えが返ってきた。
「海外でがんばっている人には、大いに楽しんでくださいって言いたいね。今やっていることをエンジョイしてください。明日を楽しみにね。明日には、よりいいことがある、より楽しいことがあるという気持ちを常に持ってください。それは僕のモットーでもあるんだ」
彼の笑顔は世界を制した。そして、その笑顔はクイーンズランダーらしく、素朴でリラックスした雰囲気に溢れていた――。
プロフィール
Grant Hackett●1980年5月9日、ゴールドコースト生まれ。身長197センチ、体重87キロ。4歳のころより水泳を始め、1997年「SCワールド・チャンピオンシップ」にて1,500メートル自由形で優勝し頭角を表す。その後、数多くの世界大会で立て続けに優勝。イアン・ソープと並び10代の若きスターとして、世界の水泳界を席巻する。2000年「シドニー・オリンピック」1,500メートル自由形などで金メダルを獲得し、スターダムに昇りつめる。2002年「パンパシフィック水泳選手権大会横浜」では、自身最高の1大会4冠に輝く