今後10年、「高齢社会」を迎える日本経済の未来は明るい
堺屋太一氏講演会
シドニー日本国総領事館はNSW豪日協会と共催で5月10日、シドニー市内のブレーク・ドーソン・ウォルドロン法律事務所を会場に堺屋太一氏の講演会「高齢化経済〜日本・アジア・豪州」を開催した。経済・ビジネス界から約100人の聴講者が参加した同講演会で、エコノミストであり小説家である堺屋氏は、2000年12月まで小渕内閣、森内閣の経済企画庁長官を務め、さまざまな経済改革を押し進めた経験を踏まえ、日本やアジア各国、豪州がこれから直面する高齢化社会の諸問題とその解決策について分かりやすく論じた。以下に講演内容の抜粋を紹介するとともに、講演後に行ったインタビューの問答を紹介する。
日本の高度経済成長を支えた戦後型三角形
戦後、日本には2つの国家コンセプトがありました。第1は日米同盟を基軸として経済大国・軍事小国になるという外交コンセプトです。2番目は官僚主導の規格大量生産型の近代工業社会を作るという経済コンセプトです。この結果、日本には戦後型三角形というべきものが生まれました(図1)。
三角形の頂点には官僚主導・業界協調体制というのがありました。大きな目標、大きな計画は官僚が作る。それが決まると日本の業界は全企業が協調して、それを分け合って達成する。例えば、日本の鉄鋼生産量を1億トンくらいと官僚が決めます。そうすると新日鉄がこれくらい、JFEがこれくらい、神戸製鋼がこれくらいと、皆でそれを分け合います。それに従って三井物産や三菱商事は、豪州で決められた分の石炭を開発し、鉄鉱石を開発し、そしてすべて計画通りに分け合います。そうしておくと、過当競争も過剰設備もできません。したがって、作った物は「コスト+適正基準=適正価格」で販売することができます。だから、日本の大企業は絶対に倒産する心配がありません(会場笑)。
そういう条件の下に日本の企業は、日本式経営というものをやり出しました。これには「終身雇用」、つまり学校を卒業してから60歳の定年までは必ず雇用するという条件が大事なんです。2番目には、会社に入った者全員が意見を言い合って、下の意見が徐々に上がってトップが決定するという、日本式集団主義であります。この仕組みでやりますと、企業が何をするか下の人から知っていくんですね。現場の人が先に知る、そして管理職が後から知るんですね。一番最後に社長が知ることになります(会場笑)。だから、日本の企業の決定は非常に遅い。けれども決定したら、実行は非常に速い。これが日本の特徴だったんですね。
そういう日本式経営が行われると、そこに勤めている人々の生活も変わりました。これが「職縁社会」、職場ですべて人間関係が完結するという社会です。無限の残業をする、社交はすべて会社の人、そして会社の人たちの間での助け合う。そういう機構ができ、会社以外の人たちとは全く付き合わない人たちが増えました。この制度ができたために、日本の経済は非常に安定し、成長したのです。
それを支えるために3本の支柱がありました(図2)。まず第1には、全くリスクのない金融が行われていました。大企業は倒産する心配がない。中小企業や個人に貸す時は、必ず土地を担保に取れ。そうすると銀行は全くリスクがないという仕掛けでした。
2番目には、規格大量生産向きの人材を作るシステムです。どういう人が規格大量生産に向いているか。まず第1に辛抱強い人。2番目に協調性に富んでいる人です。そして3番目に共通の知識と技能を持っていることです。そして、最後に最も重要なのは、個性と独創性のないことです(会場笑)。だから、日本の学校、小、中、高等学校では個性は「不良」と言われ、独走は「我流」、つまり基礎ができていないことと言われるんですね。
もう1つの柱は東京一極集中です。例えば、国際的な情報は東京の官僚とマスコミを通じてしか耳に入りません。したがって、日本人の持っている外国情報はきわめて偏ったものになっています。また、日本に関して外国人が持っている情報もきわめて偏ったものになっています。
これらのことが効果を発揮し、日本の規格大量生産社会は猛烈に進化しました。1998年には1人当たり国内総生産で米国を抜いて日本は人口1,000万人以上の国では世界一になりました。ところが、そのころから「知価革命*」が起こって、日本が目指した規格大量生産社会は時代遅れになったんですね。日本人にとってはマラソンで1位になったところが、ゴールでなくなっていた。違う方向に走っていたんです。それが現在、「日本が2週遅れ」と言われる理由です。それで1990年代に入り、バブル・ブームが崩壊し、日本経済は大打撃を受けます。
*堺屋氏による造語。“物財が豊富なことが幸せである”という価値観が、“満足度の大きいことが幸せである”という価値観に代わったことにより、科学・技術を発展させあらゆるものを大量化、大型化、高速化させた1980年までの「近代工業社会」が終わり、80年以降、多様化、情報化、省資源化の技術を進歩させる「知価社会」が誕生したこと。
根強く残る「職縁社会」と日本が抱える諸問題
それを改革しなければいけないと考えたのですが、戦後型三角形が非常に強固なため、なかなか変わりません。ようやく1998年、今から10年近く前になって日本もこれではいかんと、改革に乗り出しました。
小渕内閣になりまして、6つの大革命を行いました。第1は金融システムの大変革です。2番目は持ち株会社を許したりM&Aを簡単にしたりする、企業経営の自由化です。3番目は、派遣労働の拡大や外注制度の自由化です。4番目にはIT産業の振興です。当時、私はIT担当大臣でありましたが、日本のブロードバンドの通信価格は、今や世界で最も安くなっています。そして、5番目に政治主導でやる官僚主導を解消するということです。そして、6番目にはNPOを確立して「職縁社会」に穴を開けようということでした。
この後を次いだ小泉内閣も改革に熱心に取り組みました。しかし、この小渕・小泉内閣の10年間の改革も極めて不徹底なものに終わっています。その最大の問題、日本社会の改革が進まない最大の問題は、この三角形の右の端にある「職縁社会」、これが崩れないことなのです。
この結果、今日本はたいへん多くの問題を抱えています。まず第1が財政の悪化です。日本の国と地方自治体の借金は合わせて1,000兆円。国民総生産の2倍近くになっています。第2番目に当面の問題として、預金金利がほとんどゼロという状況からどのように脱却するかという問題があります。第3番目には、経済の長期低迷があります。かつては経済成長率の高い国であった日本が、諸外国の中で一番低い水準に並んでいます。また、日本の国際地位の低下というのも重大な問題です。
さらに、人口の少子高齢化という深刻な問題も近づいてきました。第3図をご覧ください。これはこれから10年後、2018年の日本の人口構造を書いたものです。これで見ますと、70歳から75歳までの人口だけが大きく張り出しています。この尻つぼみになった若い人たちが大きな高齢者をどうして養っていくか、これは日本の最大の問題です。
また、地方経済の衰退というのも重大な問題です。この地方の農村の衰退、これが、例えば豪州とのEPAの交渉が難航している最大の理由です。
そして、働き方によって所得の格差が広がり出した。日本は所得格差の小さな国だというのが自慢の1つでしたが、今や非常に広がるようになりました。
さらに、教育の問題があります。さきほど言ったような規格大量生産型の教育をどうやって個性と独創性が良いことだという教育に変えるか。これは日本の教育にとって死の苦しみです。そういうことがさまざまに絡んで、外交の問題でも日本は停滞しています。
もう1つ、日本にとって重要な問題は、中国との関係をどう考えるかです。2005年には、中国は貿易においても人の移動においてもアメリカを抜いて日本の最大の相手国になりました。おそらく、豪州でも最大の輸出相手国が日本に代わって中国になる日はそう遠くないのではと思います。ところが、その中国は今までのヨーロッパ的世界観とは全く違った思想を持っています。中国の方と親しくお話をしているとよく分かることは、「世界は中国を中心にして回らなければならない」ということ。我々がこの中国をどういう風に理解し、どういう風に付き合っていくか、これは日本にとっても重大な問題だと思いますね。
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| 左から川田司・在シドニー日本国総領事、堺屋太一氏、デービッド・ジェイコブス氏(NSW豪日協会会長)、イアン・ウィリアムス氏(ブレーク・ドーソン・ウォルドロン法律事務所パートナー弁護士) |
今後10年の経済発展のカギ握る「団塊の世代」
このように日本にはいろいろな問題がありますが、今、日本は最大のチャンスを迎えています。それは、今年から2007年から3年間の間に最も人口の大きな塊である「団塊の世代」が、定年を迎えて「職縁社会」の外に出るということです。第4図をご覧ください。これは日本の終身雇用と賃金の関係を書いた図です。日本では学校を卒業してから60歳まで同じ職場に勤めます。その間に、給与は年功によってどんどん上がります。それに比べて、仕事の成果というのはだいたいにおいて40歳前後というのが頂点で、図のような形になります。その左側の部分の2つの線の間Aは、従業員が職場に投資している形になります。そして、40歳を過ぎたらサラリーが上がって、この若い時に投資を取り返す仕組みになっているんですね。したがって途中で辞めると大損です(会場笑)。
こういう制度になっているから、60歳定年制というのが必要なんです。昔は、日本にも定年制はありませんでした。労働側の要求でこういう制度ができたことから、定年をはっきりさせた。Bの期間がこれ以上伸びると大損してしまいますから、ここで打ち切るとこう決めたんですね。
したがって、定年の時にもらっていた給料に比べ、辞めて再就職する時の給料は大幅に下がります。このことは何を意味しているのでしょうか。これは市場価格、安い賃金で働く労働力が大量に登場するということなんです。これを上手に運用すれば、日本経済が再発展すること間違いありません。
そのためには何が必要か。われわれが年齢の感覚を変えればいいのです。人間は平均寿命の6割を働くものです。全世界的に、また歴史的に研究してみてもだいたいどこの国でも平均寿命の6割は働いています。日本において19世紀以前、(幼児死亡を除いた)平均寿命は約50歳でした。平均寿命が50年の時には15歳から働き始めました。そして45歳で引退しました。20世紀の初めになって平均寿命が65歳になりました。そのころには17歳くらいから働き始めるのが平均でした。そして55歳定年制ができました。つまり6割、39年働いたわけです。今や人生80年時代です。そして、ほとんどの人が大学を卒業した22歳から働き始めます。そうすると、70歳まで働ける状態が続かなければいけません。この70歳まで働けるための物理的、社会的条件を整えることが、これから急がれるところです。
もちろん、その間の賃金は低下するでしょう。それでも、人々は70歳まで働き、70歳まで誇りと楽しみを持って暮らせるようにすれば、日本には大きな高齢者マーケットができます。私はこれを「幸老社会」、老いたることを喜ぶ社会と呼んでいます。もし日本が幸老社会、老いたることを尊敬する社会を作ることができれば、新しい世界のリーダーになれると思います。
図5をご覧ください。日本の人口が20年ごとに年齢別にどう移動したかを示したものです。大きな山が徐々に右に移動しています。最初の山が私の名付けた「団塊の世代」です。その後の山が「団塊の世代」の子供たち、「団塊ジュニア」です。日本の誤算はこの団塊ジュニアの子供たちが多くないこと。第3の波がないことです。1947〜49年に生まれた「団塊の世代」は真面目に子供を産みました。だからその子供たちの世代の数は多いのですが、「団塊ジュニア」たちは真面目に子供を産みませんでした。だから、「団塊サード」ができなかったんですね。
もし日本が22歳から70歳までを働く世代だといういう世の中を作ったとしたら、これからの10年間、人類史上最も働く人の比率の高い国になるんです。したがって、これから10年間、日本が黄金時代を迎える可能性は極めて高いのです。そのことは、ほかの国々の手本にもなります。2027年、韓国や中国は日本以上に高齢化が進みます。豪州は幸いにそれほどではありませんが、それでもかなり高齢化が進みます。
人類の最大の問題は地球上の水をどうやって増やすかということと、この高齢者をどうやって活用するか、高齢社会をどうやって生み出すか、この2つの点に絞られてきています。日本は一番先に高齢化を迎えるが故に、この問題も一番最初に解決するチャンスに恵まれていると言えるでしょう。
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■インタビュー
老いたることを尊敬する社会「幸老社会」を作るには、具体的にどのような努力が必要でしょうか?
まず、これは世の中すべてが努力するべきことです。例えば、雇用の方法、あるいは職場における待遇、さらには職場の機械やコンピュータを老眼でも使いやすくするとか、通勤を高齢者でも楽にするとか、自宅でできるようにするとか、そういうハードウエア、ソフトウエア、あらゆる事柄において総力を挙げてやらなければいけない問題です。
それから、週に3日だけ働く人、4日だけ働く人、1日6時間だけ働く人、あるいは年に2カ月休みを取る人がいてもいい。また、そういう人の給与体系をどうするか、そういうことを考えなければいけない。
コンピュータの機械はどうすれば一番良いのか、老眼でも扱える事務機械はどうすればいいのか、高齢者に適した工場のスピードはどうすればいいのか。これは全人類の大問題だと思います。
日本は最初にそれにチャレンジできる機会に恵まれた国。これからの日本の未来は明るいのでしょうか。
10年間は明るいでしょう。だけど10年後、「団塊の世代」が70歳を過ぎるころになると、深刻な問題が来ますね。だから、人類、特に先進国が子供をたくさん生むような概念を作らなければいけないと思いますね。子供を産むことが良いことだという風にならないと。今のように、子供を産まないことがかっこいいと思われている間は、人類はどんどん減るでしょうね。
日本政府も少子化対策を政策として取り組んでいますが、同時に格差社会も問題になっています。今の出産適齢期の夫婦が将来の不安のために子供を産まない現実をどうお考えですか。
まず、将来が不安だから子供を産まないという理論は、後から考えた言い訳なんですね。例えば「団塊の世代」は、日本人がたくさんが生まれた1947〜49年、将来が安心だったから子供を産んだのではありません。現在、世界で最も出生率が高いのはアフガニスタンですが、アフガニスタンの人々も同じです。子供を産んでいる方が安心だ、ない方が不安だと考えたら、不安な社会ほど子どもを産むんですね。だから、やっぱり子供を産むことを安心だと思わないといけない。子供を産むことが不安だと思うようになると、無限に減少しますね。
先進国全体に言えますが、現在の日本では、人生は計画されたように進むものだと思っているんです。子供はまず優秀な幼稚園に入れて、受験学校に入れて、一流大学を卒業して、良い就職をすれば、だいたい管理職まで進んで、退職金をもらう。そういう道を進めば、家を持って子供を2人持って…。そういう風に人生が全部プログラム通りに進むものだと思っている。けど、予定通りに進む人生はないんですね。そのことは、「団塊の世代」が定年になってつくづく分かると思います。人生は予定通りに進むのではないと。そうすると、子供のことは不安ではなくて安心だと思うようになると思います。ここが一番の大きな問題です。
ただ、格差社会というのは結果としてやはり広がるでしょうね。さまざまな方法で縮小しようとしても、なかなか縮小しないでしょうね。というのも、中国や東欧など、極めて安い労働力が大量に出てきた。これと競り合っていくためには、やはり日本の中にも安い労働力がいるんですね。そこで年金併用型、つまり年金をもらいながらあと10万円を稼げばいいという高齢者が増えれば、若くて貧しい「ワーキング・プア」という人は少なくてもすむかもしれません。社会構造全体としてどう考えていくかでしょうね。
同時に、所得が低くても健康で清潔な生活ができるように物価をいかに下げるかというのも大事な問題ですね。日本もだいぶ物価は下がりましたが、非常に高いセレブな消費と大衆的で安価な消費と、両方が成り立つ世の中にしなければいけないと思います。所得を増やすことばかりを考えないで、所得の質、もっと言えば、生命の質をいかに高めるかが問題でしょう。例えば、健康であるということは生命の質が高いということです。自由に職業を選択できるということも生命の質が高いということなんです。だから、終身雇用で枠にはまっているよりも自分の好きな仕事を選べる方が生命の質は高いんです。
今、フリーターというような人たちは終身雇用の拘束を避けるために敢えて低い所得を選んでいるんです。近代工業社会に生きた人たちは自分たちの価値観で、彼らは所得が低いから気の毒だと思っているけど、彼らは選択の自由の方をより重視して敢えて終身雇用に入らない、そのことの選択をやはり認めるべきだと思います。だから、東京で仕事をしようとする人もいれば、農村で暮らそうと思う人もいれば、豪州に来て仕事をしようとする人もいる。その方がいいんです。
ワーキング・ホリデーや留学などで豪州に来ている若者は「職縁社会」から離れて来ている場合も多く、また、移民国家・多文化主義社会の中でさまざまな価値観を肌で感じています。このような若者はこれからの世の中でどのような役割が期待されるでしょうか。
まさに日本社会を変える先兵だと思いますね。その人たちが日本の終身雇用、年功信念に凝り固まった社会を変えてくれる一番重要な人たちだと思います。おそらく、ワーキング・ホリデーからもう少し長く研修・留学しておられると、日本に帰った時に終身雇用の中に入りにくくなるかもしれません。今まではそれを非常に恐れたんですね。けれども、これからは恐れる必要はなしに、むしろそういう人たちが自由に職場を選ぶことによって、実力にふさわしい所得、生活、そして仲間を作ることができると思いますね。
好きなことをして生きることの楽しさ、幸せ、これを満喫する。その好きなことをするためには、ほかの好きなこと、例えばブランドの衣服を着るとか、グルメの食品を食べるとかいうようなことと、自分の好きな仕事をする、そのことの選択になるわけですね。従来は物の多いことが幸せだったから、何が何でもどんなに苦しくても所得を増やし、物が増えればいいんだ。こう教えたんです。職場に嫌な人間や上司がいても、生きにくくても、必死に終身雇用にしがみつけ、そうすれば給料が上がって物が増えると。しかし、私はその時代は終わったと思います。だから、好きな仕事をして所得が少ないのだとしても、それは非常に良い選択だと思いますね。
だから、豪州にいるような若者が日本の職縁社会をうち破って、その中から10人に1人か、5人に1人がすごく成功して目立つ人が、どんどん出てくることが望ましいでしょうね。全員がそうなることは難しい。でも、その中から「将来はああいう風になりたい」「うちの子もああなってくれたらいいな」と思える人がどんどん出てくればいいと思うんですね。豪州で成功する日本人がもっともっと増えたらいいですよね。
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